稲葉友が長編映画初主演を務める「恋い焦れ歌え」が5月27日(金)に公開される。本作はトラウマを抱える男が深い闇から這い上がろうとする姿を描いたドラマ。覆面の男に襲われた清廉潔白な教師・桐谷仁の前に、謎の青年・KAI(遠藤健慎)が現れて仁の心の傷をラップで表現するように挑発してゆく。この作品で仁を体当たりで演じた稲葉に、作品への思いや演じる上での並々ならぬ苦労などをたっぷりと語ってもらった。
役を演じるというより「壮絶な戦いでした」
――本作で長編映画初主演を果たしましたが、意気込みのほどはいかがだったでしょうか?
“主演”という以上にこの役に挑むという比重のほうが大きかったです。脚本を読んだときから、うねりをあげるほどのエネルギー量を感じました。正直、挑戦することを怯んだぐらいです。でも、非常に惹かれたのでやらないという選択肢はなかったです。
――惹かれたのはどういう点ですか?
ピュアなところでしょうか。暴力描写もあって決して綺麗なばかりじゃない作品ですが、反比例
的に純度が上がっているように感じられました。
――演じられた仁という人物はどんなキャラクターだと捉えましたか?
性暴力を受けて性指向があいまいになってどん底の精神状態から這い上がっていく、という男なわけですが、こういう人だからこう演じようとは考えなかったです。理屈で考えると状態を演じるだけになってしまうと思ったので。撮影現場で体験しながら仁と自分自身の距離を埋めて、その場に仁として存在することに重点を置きました。
――いつもそのように役にアプローチするのでしょうか?
今回はとくに、役を演じるというより、むき出しの自分でその世界に存在しようとした、そんな戦いだったと思います。
――確かに“戦い”という言葉がぴったりの力演でした。
そうですね。壮絶な戦いでした。撮影期間は長くはなかったですが、濃くて密度高い時間を過ごしました。
役と同化し過ぎて「取材で言葉が詰まることも」
――演じていてメンタル的にキツかったのではないでしょうか?
なんとか役と自分とを分けようとしましたが、どうしても同化する部分があって。でも、それも含めて今回の仁役だったな、と思ってます。監督からも撮影中に稲葉友でいてくれと言われたぐらいです。僕自身の感覚を大切にしてくれて、本番でやってみたけどやっぱり今のは違和感あって違いましたって自己申告することもありました。
――具体的にはどのシーンであったか覚えてますか?
ラップシーンはそういうこともありましたね。自分でも本番になるまでどんな感じになるかわからないでいました。でも、僕に任せてくれて、ラップに関してもとくに指導などはなくて、もともと友だちと趣味でやっていたので大きなハードルとも感じずにやれました。雰囲気としてはラッパーのGOMESSさんのようにできるといいねと話していました。スマートではないけど、能動的なラップとでも言いますか。
――仁を追い詰めながらも再生に導いていくKAIとの関係性はどのように捉えましたか?飲み込むまで時間がかかりましたか?
なんでこうなるんだっていう疑問符はなかったですね。ラップもそうなんですけど、この作品の世界に飛び込んでいくと、自然と自分のなかで腑に落ちたというか。KAIにしかできないやり方で仁を再生させて、2人の関係は歪だけど、残酷だからこその思いの強さがあると思うんです。
――冷静に分析されているのですね。
いや、インタビューを通して言葉を整理できるようになっただけなんです。取材を受け始めた当初は、話すのが怖くて言葉に詰まることもありました。暴力の被害など役柄上の体験を自分のことのように感じてしまって言葉が出なくなってしまって。役とは線引きしていたつもりが自分のほうに染み出していたようなんですよね。その後スタッフの方と話したりして、やっとここまで話せるようになりました。普段は役どころも客観的に捉えていろいろ話したい方なんですが、今回はしゃべりたいと考える頭と喋られない心とが乖離していました。
5月27日(金)、渋谷シネクイント ほか 全国順次公開
(C)2021「恋い焦れ歌え」製作委員会
配給:フューチャーコミックス