「好事魔多し(こうじまおおし)」という言葉がある。「順風満帆な時ほど、どんな不幸がやってくるか分からない」的な意味だ。
ベネディクト・カンバーバッチ扮(ふん)する“ドクター・ストレンジ”ことスティーヴン・ストレンジは、アメリカ・ニューヨーク最高峰の神経外科医。心は冷静沈着、腕前は正確無比、しかも相当な音楽ファンらしく同僚に向かってチャック・マンジョーネの「フィール・ソー・グッド」(※)に関するうんちくを傾ける一面も持っている。
どこから見ても順風満帆だったはずの彼を襲ったのは、あまりにも突然な交通事故。どうにか一命は取り留めたものの、かつての腕前は復活せず、恐らく藁にもすがる思いだったのだろう、ネパール・カトマンズにある修行場「カマー・タージ」に向かい、マルチバース(並行宇宙。僕はパラレルワールドと解釈している)の存在を知り、“至高の魔術師”となる。このあたりが前作「ドクター・ストレンジ」(2017年公開)でパワフルに描かれていた。
そして2022年5月からの劇場上映を経て、6月22日からディズニープラスで公開されている「ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス」では、マルチバースの存在と神秘に大きなスポットが当てられている。久々にマーベル映画を手掛けるサム・ライミならではの演出も話題を集めた。ちなみに、日本での劇場公開日には同監督の「死霊のはらわた」がTwitterでトレンド入りしていたことも興味深い。(以下、ネタバレがあります)
約5年ぶりの続編
5年間とはずいぶん待たせてくれたものだが、その間に“至高の魔術師”の座はベネディクト・ウォン扮するウォンに移ってしまった。要するにスティーヴンは“無冠”。そんな彼がアメリカ・ニューヨークで、ソーチー・ゴメス演じるラテン系の少女、アメリカ・チャベス(空間移動の能力を持つ)と出会い、マルチバースを行き来し、さまざまな世界にいる自分を目撃したり、時に語ったり、対立しあったりする。
いる次元は違うとしても、やっぱり相手は自分なのだから、まったく同じ能力を持つ者同士の争いになるわけだ。そうなると永遠に決着がつかないのは当たり前、となるのだが、言うまでもなく社会というものは他者との関わりで成立する。スティーヴン・ストレンジは、この映画は、そのあたりの折り合いをどうつけていくのか。途中からこれが、この映画に寄せる個人的な焦点となった。パラレルワールドの描写は、やはりディズニー系のアニメ「ソウルフル・ワールド」(こちらもニューヨークらしき都市が舞台だった)にも通じる、いくぶんユーモラスなもので、「ピザボール」なる謎の食べ物にも大いに食欲がそそられた。
スティーヴンの顔に“サード・アイ”が
扉をこじ開けるときの呪文はいまだにオープンセサミ(開けゴマ)なのだなとか、エルドリッチ・ライト(魔法陣)が前作以上に輝かしいなとか、にやにやしながら見ているうちに、またもやストーリーに暗雲がたちこめて、スティーヴンの顔に“サード・アイ”が発生したところで、見る者は現実世界に引き戻される。おいおいこの先、どうなっていくんだ? 待つ楽しみを味わいつつ辛抱強く次作に備えたいと思いながらも、もう5年間は待ちたくないなあ…。
https://www.disneyplus.com/ja-jp/movies/doctor-strange-in-the-multiverse-of-madness/
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