1995年4月から2008年9月までMBS・TBS系にて放送されていたドキュメンタリー番組「世界ウルルン滞在記」。13年半にわたる放送の中から選りすぐりのエピソードが、TVerにて期間限定で順次配信中だ。その中から俳優の向井理がカンボジアを訪れた回をご紹介。改めて番組の魅力を振り返る。
実は“若手俳優の登竜門”だった
「世界ウルルン滞在記」は1995年4月から13年半、MBS・TBS系にて毎週日曜夜10時に放送されていたドキュメンタリー番組だ。タイトルのウルルンとは、出会<う>、見<る>、泊ま<る>、体験(たいけ<ん>)の4つの単語の末尾をつないだもの。
毎回個性豊かな旅人が様々な国と地域でホームステイし、そこにあるリアルな暮らしを体験することで世界の実情を伝えてきた。番組冒頭の下條アトムによる「○○と出会ったぁ〜」という独特な口調のナレーションが、今でも鮮明に蘇る視聴者も多いことだろう。
番組は2008年9月に終了。13年半の間に旅をした人たちは600人以上、紹介された国と地域は100を超える。当時まだ若かりし頃の小栗旬、藤原竜也、伊藤英明、玉木宏、桐谷健太らも出演しており、今考えると“若手俳優の登竜門”だったともいえよう。その一人が、俳優の向井理である。
向井は2022年6月より東京・赤坂ACTシアターにてロングラン上映中の舞台「ハリー・ポッターと呪いの子」に出演中。藤原竜也(9月までの出演)、石丸幹二とトリプルキャストでハリー・ポッター役を演じている。思春期の息子との向き合い方に悩む、大人になったハリーの父親としての苦悩や葛藤を映し出す演技が話題だ。
そんな向井は昨年デビューから15周年を迎えた。渋谷でバーテンダーとして働いていたところをスカウトされ芸能界入り。2006年放送のドラマ「白夜行」(TBS系)で俳優デビューを果たし、その翌年「世界ウルルン滞在記」の旅人に選ばれた。当時まだ25歳だった向井の、フレッシュさ溢れる旅の模様をレビューするとともに、番組の魅力を振り返っていきたい。
過酷なロケが映し出す人々の葛藤
向井が「世界ウルルン滞在記」で訪れたのは、日本から飛行機で7時間ほどのところにあるカンボジア。その首都プノンペンのシェムリアップ州にあるアンコール・ワットは、アンコール王朝の最盛期に建てられた寺院だ。カンボジアの精神的象徴でもある文化財だが、1970年に始まった内戦では、ポル・ポト率いるクメール・ルージュに占拠されその一部が破壊された。
1991年10月23日にパリでカンボジア和平協定が成立し、20年以上にも及ぶ内戦は終結したが、人々の闘いはまだ終わっていない。それは、地中に埋められた地雷との闘いだ。2007年当時で、まだ約600万個の地雷が埋められたままだと説明されている。特に農村部では地雷除去が遅れ、かつて畑や水田だった土地は手付かずのままだった。
そんなカンボジアで、向井が最初に出会ったのは元兵士のアキ・ラーさんだ。彼は内戦が終わった直後から民間人として地雷除去に奔走し、シェムリアップに地雷博物館を創設。10年の間に一人で5万個もの地雷を除去した経験を活かし、農業を始めたい人たちに地雷を安全に撤去する方法を教えていた。
驚くべきは地雷の種類。40種類以上の地雷があり、解除の仕方も一つひとつ違うという。信管を右に回すか左に回すか、その細かい工程の違いで命が危険にさらされてしまうのだから、普通なら誰もやりたがらない。だけど、誰かがやらなくてはいけない。そんな思いで多くの地元住民がアキ・ラー氏の元に集まっていた。
その一人、タイの国境に近いカンボジア北部のオーアンパル村に住む、ビン・ティアさんの自宅に向井はホームステイすることに。ビンさんが地雷除去に携わりながら、追いかけていた夢。それは1年前に手に入れた土地を畑にし、マンゴーを実らせること。整地のためにブルドーザーを走らせなければならないが、その前に地雷が埋まっていないことを確認する必要があった。
まさに命がけの畑作り。それを向井が手伝おうと思ったのは、彼自身も明治大学の農学部を卒業しているからである。毎日4〜5人が地雷によって命を落としており、ビンさんの仲間も数日前に事故で亡くなったばかり。金属探知機でビンさんが地中を探査し、周囲に地雷がないことを確認してくれているとはいえ、どこに危険なものが埋まっているかわからない土地に足を踏み入れる向井。かなりの緊張感があり、スタジオに出演した本人も「死ぬかもしれないって本当に思いましたね」と語っていたが、番組を観ているこちらも手に汗握る。
だが、地元の人たちはそれが日常なのだ。ビンさんをはじめ、地雷撤去作業に関わる人たちの家族が口々に語る「1日でも早く辞めてほしい」という言葉が胸に残る。地雷には関わりたくないという思いの一方で、家族や仲間とより安全で豊かな暮らしを送りたいという願いもある。「番組が成立するには別にハラハラドキドキする必要はないんだけど、なんかしちゃうよね」と司会の徳光和夫が語っているが、旅人である向井の、土地に根付く人々の暮らしに最大限寄り添おうとする姿勢こそが、そのリアルな葛藤を映し出したのだろう。