2008年、47歳で単身ニューヨークに渡り、ジャズミュージシャンとしての“武者修行”をイチから始めた大江千里。「格好悪いふられ方」(‘91年)など数々のヒット曲を生み、80年代以降日本のポップミュージック界のど真ん中で活躍してきたその名声を一旦リセットしての、潔すぎる渡米だった。以来14年間、もがきながらも誠実に、着実に、ジャズピアニストとして新たな音を紡ぎ出してきた大江千里だが、’23年5月21日に迎えるデビュー40周年記念日を控え、来日ライブ、ニューアルバム制作、そしてなんとレシピ本の出版と、精力的な活動に拍車がかかっている。本の校了を終えＮＹで新譜の構想を練る大江に、時差14時間のリモートインタビューを敢行した。
「意地でもレシピは調べずに作る。その方が楽しいので」
――新刊「ブルックリンでソロめし! 美味しい!カンタン!驚き!の大江屋レシピから46皿のラブ＆ピース」（11月28日発売・KADOKAWA）には、独創的で楽しいレシピが満載ですね。
僕自身食べることも作ることももともと好きなので、2016年に「note」を開設した際“ソロめし”コーナーを始めて、僕なりに考案したレシピを載せてきたのが、気づいたら200品ぐらい溜まっていました。今回は厳選のうえ食のエッセイも入れて、コロナ禍からポストコロナに向けて、僕のサバイブしてきた備忘録といった感じの本になりました。
――以前から料理は得意だったんですか？
学生時代に上京してひとり暮らしを始めたころはまな板がなかったんで、しょうがなくフローリングの床の上にシートを敷いてキュウリを切って酢の物を作ったりしてました(笑)。30代に入っていろんなレストランの味を覚えて、40代でニューヨークに来ることになって、こちらは自宅で集まるパーティーも多いので、自分で作る機会が増えていきました。ダメ押しのきっかけは、コロナ禍で自炊するしかなくなったうえ、大家さんに「ベイビーが生まれるから君の部屋を使いたいんで、悪いけど引っ越ししてくれ」って言われ引っ越した先の近辺に、飲食店が一軒もなかったことです。でもいざ探検してみたら意外にも市場があったりして、なじみの魚屋さんができたりしたので、季節のおいしいものを手にいれて、その日にしかない食材とセッションするような感覚で、即興で作り始めました。
――音楽をプレイするように料理されているんですね。舌で覚えたレストランの味をご自身で再現するのも、音楽で言う「耳コピー」の舌版といった感じですね。
まさにそうなんですよ。耳でコピーして間違ってフレーズを覚えちゃって、先生に怒られる、みたいなジャズの学校時代を思い出しますね。失敗することもあるんですが、意地でもレシピは調べずに作ります。その方が楽しいので。――調べたのは恵方巻きぐらいかな――、あくまで外食の記憶となんとなく感覚で作っています。ノリを大事にしながら。だから、レシピも「コショウ 適宜」とかが多い(笑)。そういえば10代のころ、地元(大阪)の喫茶店でバイトをしていたとき、パフェのオーダーが入ったら自分で作っていいって言われたんで、ついつい生クリームもアイスも盛りに盛っちゃって、「サンプルと全然違う、作り直し！」って怒られたことがあったんですが、「お客さんが喜ぶかも」ってサービスし過ぎちゃうのは、僕が音楽をやっているときの姿勢と似てますね。ソロめしを作る時は自分自身がお客さんとしてお腹を空かして待っている状態を作って、その人のために毎回「これが最後の晩餐だ」っていうぐらいの気持ちで作っています。
