7月から続々とスタートし、各々盛り上がりを見せている2023年夏ドラマ。今期はジャンルに偏りもなく、ストーリー展開や登場人物の設定もかなり個性的だ。今回はその中から、エンタメライターの苫とり子が独断と偏見で選んだ注目の3作を紹介する。
主人公なのに怪しい!堺雅人主演「VIVANT」
制作に一体どれだけお金がかかったのだろう……と、まず率直な感想を抱いた。堺雅人が2020年放送の「半沢直樹」以来、3年ぶりに“日曜劇場”枠で主演を務める「VIVANT」(毎週日曜夜9:00-9:54、TBS系)だ。
事前情報は少なく、堺のほか、阿部寛・二階堂ふみ・役所広司・松坂桃李といった主演級の俳優が出演していることや、「半沢直樹」や「下町ロケット」など日曜劇場でおなじみの福澤克雄が演出を務めることは分かっていたが、物語のあらすじや人物設定は一切明らかにされていなかった。これだけ謎に包まれていたら、むしろ期待が高まるというもの。かなりハードルが上がった状態でのスタートとなったが、記念すべき初回の放送はその期待を大きく上回るものとなっていた。
本作は丸菱商事のエネルギー開発事業部に勤める主人公の乃木憂助(堺)が会社で起きた多額の誤送金事件をきっかけに、世界的な陰謀に巻き込まれていく物語。乃木は誤送金の犯人だと疑われ、このままではクビになってしまう!と急いで送金先であるバルカ共和国に向かった。だが、灼熱の砂漠で命の危機に晒されるわ、謎のテロ組織・テントの自爆に巻き込まれるわ、挙げ句の果てに爆破事件の犯人として地元警察に追われる身となるわ……もはやクビになった方がマシとしか思えない状況に。そんな中、突然現れたバルカ共和国日本大使館に駐在中の公安刑事・野崎(阿部寛)のおかげで無事に日本へ戻った乃木は、彼とともに社内にいる誤送金事件の犯人を探すこととなる。
面白いのは、その事件の裏で世界を揺るがす陰謀が渦巻いているということ。そのヒントになっているのが、テントの幹部であるザイールが自爆直前に呟いた「VIVANT(ヴィヴァン)」という言葉だ。野崎は自衛隊の秘密情報部隊「別班(べっぱん)」のことではないかと推測。その時、乃木が一瞬、別班という言葉に反応したのである。
本作は乃木のキャラクター描写が秀逸だ。こういう巻き込まれ系の主人公は無個性になりがちだが、乃木は普通とは到底言い難い。一商社マンでありながら、なぜかCIAに友人がいるという謎。また彼は多重人格(解離性同一性障害)の疑いがあり、もう一人の自分、しかも普段の弱気な乃木とは異なる別人格と度々会話をしている。この別人格が別班と何らかの関わりがあり、実は最初からスパイとして丸菱商事に潜入していたのでは?という予感も。優しそうなのに、なぜか怪しく見えてしまうミステリアスな堺の魅力を最大限生かしたキャラクターだ。ド派手なアクションや爆破シーンなど、壮大なスケールで描かれる複雑なストーリーから目が離せない。
芦田愛菜だけじゃない、実力派が勢揃いの「最高の教師」
次に紹介するのが、松岡茉優主演の学園ミステリー「最高の教師 1年後、私は生徒に■された」(毎週土曜夜10:00-10:54、日本テレビ系)だ。松岡が教師役に初挑戦する本作で、学生の一人を演じているのが2011年に放送された「マルモのおきて」(フジテレビ系)で共演の鈴木福とともに、天才子役として一斉を風靡した芦田愛菜。今年の春から大学生になった彼女が、7年ぶりに民放の連ドラに出演するとあって、放送前から大いに注目を集めていた。
物語は鳳来高校に勤める主人公の里奈(松岡)が卒業式当日、担任を受け持つ3年D組の誰かに突き落とされる衝撃の展開からスタート。すると、そこから里奈は1年前の始業式の日にタイムリープ!自分が生徒に殺されてしまう未来を回避すべく、一つのクラスに集められた問題児たちと真正面から向き合うことを決める。
「シュタインズ・ゲート」「ひぐらしのなく頃に」「東京リベンジャーズ」「テセウスの船」など、漫画やアニメで根強い人気を誇るタイムリープもの。主人公が過去に遡って最悪の結末を回避するために奮闘するという王道の展開に、このドラマは「犯人は一体誰なのか」というミステリー要素をかけた意欲作だ。さらに、教師と生徒の信頼関係が希薄化している現代の教育現場に切り込み、里奈を通して教師のあるべき姿を伝える社会派ドラマでもある。
スクールカーストやいじめ、機能不全家族など、学校と家庭でさまざまな問題や悩みを抱える子供たち。彼らはまるで大人を信用しておらず、「貴方たちのために何でもします」とまで言い切った里奈に対しても当初は冷ややかな視点を向ける。それでも里奈が諦めず立ち向かったその先で生徒が本当の気持ちを吐露するシーンは涙なしには見られない。里奈役の松岡と一人ひとりの俳優を演じる俳優の、魂と魂のぶつかり合いが心を大きく震わせる。
第1話では、芦田演じる鵜久森が里奈や他の生徒の前でいじめを受けていることを告白。いかに悲しく、悔しかったかを涙ながらに淡々と語る。かなり長いシーンであるにもかかわらず、間を持たせる芦田の熱の入った名演が話題を呼んだ。初回から彼女の演技力を惜しまず投入したことで視聴者の心を掴んだ本作。しかしながら2話以降も、先日公開されたジブリ映画「君たちはどう生きるか」で主人公の声を担当した山時聡真や、芦田と同様に子役から活躍する加藤清史郎をはじめとした10代、20代前半の実力派が見せる渾身の芝居に圧倒された。これからの日本演劇界を支えていくであろう役者の宝庫である。
赤楚衛二が恋愛迷子の30代に。女性も男性も大共感の「こっち向いてよ向井くん」
2020年に「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」(テレビ東京系)、通称「チェリまほ」で注目を集めて以降、休む間もなくドラマに出続けている俳優・赤楚衛二。口ほどに物を言う瞳の演技で見る者の心を掴んでやまない彼が、GP帯連ドラ初主演を飾る「こっち向いてよ向井くん」(毎週水曜夜10:00-11:00、日本テレビ系)は観終わった後に思わず誰かと語りたくなる恋愛ドラマだ。
赤楚が演じる主人公の向井くんは雰囲気も性格も良く、仕事もできる。なのに10年も彼女がおらず、恋愛の仕方もすっかり忘れてしまった30代のサラリーマン。そんな彼に次々と恋の予感が訪れるのだが、自分のことを好いてくれると思ったら盛大な勘違いだったり、10歳も年下の女性と頑張って恋愛するもあまりにペースが違って消耗したり、妙に落ち着く相手と恋愛をすっ飛ばして結婚に進んでみるが途中ですれ違いが生まれたりと、ごとごとく上手くいかない。
その理由の一つになっているのが、男性と女性の間にある微妙な恋愛観のズレだ。例えば、向井くんは第1話で自分の会社に新しく入った真由(田辺桃子)を良かれと思って様々な困難から救おうとするが、自分自身の力で新しい環境に適応しようとしていた真由は若干向井くんのことをうっとおしく感じていた。実生活に照らし合わせても、向井くんのように女性は守るべき存在で、女性もそれを望んでいると思い込んでいる男性は意外と多い。だが、果たしてこの現代社会において守られたいと思っている女性がどれほどいるのか。そこに生まれるわずかなズレを、向井くんがバーで知り合った洸稀(波瑠)の「守りたいなんて言われたら、見下されてんなぁって思っちゃいます」「“女の子”なんて人格はないの。人それぞれ相手に合わせて考えて」というセリフが埋めてくれる。
他にも第4話では結婚を見据えて向井くんと交際を始めたチカ(藤間爽子)が結婚を焦る理由tして、年齢を重ねてからの出産や子育てに対する不安を吐露すると、SNSの声では同性から共感の声が挙がった。人によって様々ではあるが、出産に関してはどうしても男性より女性の方がシビアに考えてしまう部分がある。このように性別の違いで価値観にズレが生じるのはある意味仕方がない。だけど、できる限り相手を理解したいと思った時に一つの手がかりとなるのがこのドラマだ。普段、恋愛において異性は何を考えているのか。恋愛迷子の向井くんを通してそのことを学びたい。