コミックの映像化や、ドラマのコミカライズなどが多い今、エンタメ好きとしてチェックしておきたいホットなマンガ情報をお届けする「ザテレビジョン マンガ部」。今回は梵辛さんの『行きつけの店で店員さんと初夏を迎えてしまう漫画』をピックアップ。
『くちべた食堂』(ビームコミックス)の第50話"プール開き"として収録されている本作は、季節の移り変わりとともに起きる空気の変化を癒し要素満載で描き話題を集めている。作者の梵辛さんが8月14日に自身のX(旧Twitter)に投稿したところ、1.9万を超える「いいね」が寄せられ反響を呼んだ。この記事では、梵辛さんにインタビューを行い、創作の背景やこだわりについて語ってもらった。
初夏の訪れは些細なところから…醸し出される優しい雰囲気にも注目
夏が訪れる頃…麦茶のコップにつく水滴が増えたり、食べ物のあしが少しずつ早まったりと食堂にも小さな変化が起き始める。どれも大きな変化ではないが、食堂の店員・くちなしさんは全てが少しずつ新陳代謝していくように感じていた。
そんな中、常連客・ヤナギ先生も別のところで夏の始まりを感じていた。それがプール開き前のプール掃除だ。生徒とともにゲーム感覚でプール掃除をし終え、疲れた体とお腹を満たそうと食堂を訪れたヤナギ先生に麦茶を出す。
くちなしさんと小さな会話を交わしながら麦茶を一気飲みするヤナギ先生。「スミマセン…麦茶おかわりいいですか?」の一言にくちなしさんが感じたこととは…。
夏の訪れとともに起こる日常の中の小さな変化を優しい雰囲気で描いた本作。登場人物の感情表現の繊細さや流れるように心に入ってくる詩的な言い回しが話題を集めている。X(旧Twitter)上では「なんかホントに癒される」「1話でこの満足感よ…」「ほっこりする」「言葉遣いがめちゃくちゃ好き」「起承転結の流れがとても美しい…」「ここの空気になりたい」「こんな先生いて欲しかった…」など多くのコメントが寄せられ、反響を呼んでいる。
「季節が変われば別の世界が新しく始まったような気持ちになる、ということをテーマに」作者・梵辛さんが語る創作の背景とこだわり
――『行きつけの店で店員さんと初夏を迎えてしまう漫画』を創作したきっかけや理由についてお聞かせください。
この漫画は連載作品『くちべた食堂』の第50話にあたります。ここまでの話はいつでも読める漫画にしたいという思いがあり、意図的に作中に季節感の要素を出さないようにして描いてきました。
でも連載を長く続けようとした時にはその方が違和感が出てくるだろうなということで、連載最初期を5〜6月頃だったということにして、そこから展開した『夏のお話シリーズ』をスタートすることを決めました。
その開幕のお話が今回の漫画で、作中タイトル"プール開き"になります。いつもと変わらない場所でのいつも通りの日常でも、季節が変われば別の世界が新しく始まったような気持ちになる、ということをテーマに描きました。
――本作では、食堂の店員・くちなしさんと常連客・ヤナギ先生が醸し出す”癒し”の雰囲気や夏の訪れを告げる明るい空気感が印象的ですが、描く上でこだわった点や意識した点があればお聞かせください。
今回のお話で意識して描いたのは、『全ての登場人物の機嫌がずっと良い』ということだと思います。
一般的にお話作りは「何か大変なことがあって、それを解決して安心する」という作りになっているものが多いですが、本作では「日々を変わりなく過ごせることはそれだけでずっと嬉しい」ということを描こうとしたので、全編を優しい雰囲気で描くことができたのかなと思います。
夏の雰囲気を出すにあたっては、自分が夏をイメージする五感に該当するものを片っ端から描いていきました。それが夏らしい食べ物であり、同じ場所でも普段より光の表現が強くなったり、服が薄着になったり、作中全体で水滴の表現が増えたりということです。
その上で明確に春と夏の区切りを告げるイベントはプール開きだろうと思い、今回のシチュエーションをお話にしました。
――本作は『くちべた食堂』に収録されているお話の1つですが、他に思い入れの強いお話があれば、理由とともにお聞かせください。
特に思い入れの強い話のひとつは、第49話『行きつけの店が学校で噂になってしまう漫画(作中タイトルは“追跡”)』です。
このお話は主人公のヤナギ先生が職場の生徒たちにいきつけのお店の存在がバレてしまうという内容ですが、オチを2パターンのどちらにするかを公開直前まで悩んでいました。それは『生徒たちが先生の行きつけの店に混ざってくるように今後なるのかどうか』です。
よくある漫画の作りとしてはキャラクターがどんどん増えてにぎやかになっていくものですが、今作でそれをやるのはちょっと違うなと思い、『誰も主人公の居場所に介入しないという選択をする』というお話にしたところ、これ以降も本作品は『登場人物はみんな他人との適切な距離感を大事にしている』ということで統一させていくことができるようになりました。
――梵辛さんの作品は読者に違和感を持たせず心にスッと入ってくる設定や描写が印象的です。普段物語を創り上げる上でどのようなところから着想を得ているのでしょうか。
漫才などでも使われる手法なのですが、本作については冒頭シーンをなるべく「あるあるネタ」にするようにしています。
これは作者である自分が日々の生活で体験したことや感じたことだったりする些細なことですが、これらは誰にでも同じような体験があります。この時点で読者の人に「主人公は自分と同じような普通の人間なんだな」と思ってもらい読み進めてもらうことができます。(たぶん)
こうしておけばお話の途中からおかしなコメディ展開になっていっても「まあこういうことが自分にもあってもおかしくないのかもしれないな」と思ってもらうことができるのかなと考えて描いています。
――梵辛さんの今後の展望や目標についてお聞かせください。
今後の目標は、ふわっとした言い方をすれば本作品を楽しく読んでくれる人をできるだけたくさん増やしたいということになります。そのためにはできるだけ続きの話をもっと面白く描いていくことと、自分で精一杯宣伝していくことと、誰かに作品を広めてもらえる機会を増やしていくというのが必要なことになります。
これらを繰り返すうちに、たとえば単行本が10巻を達成するだとか、部数がいくらを達成したとか、何かイベントをやってもらえるというような節目のにぎわいが起こってくれたら嬉しいなと思っています。
実際に描く内容としては、まずは作中で季節をこのまま一周させて『春編』を完結させるところまで描きるのが目標です。
――最後に作品を楽しみにしている読者やファンの方へ、メッセージをお願いします。
この先の先のお話まで読み続けてくれた人が、ここまで作品を追いかけて良かったなぁと思っていただける漫画になることを目指したいなと思っております。頑張りますので今後ともよろしくお願い申し上げます。次の単行本4巻は『秋編』の前半になる予定です!