加藤シゲアキ 自身初の本格長編ミステリーはエンターテインメントでありつつ「生き方」を真摯に問いかける骨太さも 『なれのはて』
この秋、注目の作家・加藤シゲアキさんの待望の新作『なれのはて』(講談社)が発表された。『小説現代10月号』(講談社)に書き下ろし全文を公開、つづいて単行本も登場する。吉川英治文学新人賞と高校生直木賞を受賞、ダ・ヴィンチBOOK OF THE YEARにも輝き、直木賞候補にもなった『オルタネート』(新潮社)につぐ新作は、自身初となる長編ミステリーだ。
加藤さんといえば、作家と共に現役アイドルとしての活躍をご存知の方も多いだろう。本作は人間の業と悲しみが渦巻く人間ドラマであり、謎解きの興奮に満ちた本格エンターテインメントであり、人としての「生き方」を真摯に問いかける骨太さも併せ持つ。
舞台は在京のテレビ局・JBCの局内。ある事件をきっかけに報道局からイベント事業部に異動となった守谷京斗は、仕事への熱意が戻らないまま休職を明けた。異動先で守谷の指導係を買って出た吾妻李久美は、そんな守谷に自分の夢――祖母から譲り受けた一枚の絵を展示したい――を熱く語る。イサム・イノマタの署名が残るものの作者は不明、しかしなんともいえない魅力を持ったその絵に魅了された守谷は、吾妻の夢に力を貸すことにする。著作権が有効であれば展示には著作者の了承が必要であり、まずはその状況を調べようと守谷が元報道記者としての知見をいかして探ったところ、いきついたのは秋田のある一族の謎の焼死事件。事件後に行方不明となった人物の名が「猪俣勇」だったのだ。すでに報道局ではない守谷の調査には限界があるため、恩人の残してくれた人脈から秋田県警の長谷川に助けを頼み、イサム・イノマタを探すために秋田に向かう。
戦前から戦後にわたる秋田の石油王・猪俣家については誰もが口をつぐみ、深い業を感じさせるその一族は、不気味なほどにその正体がつかめない。苦難の果てに守谷たちが知ったのは、「戦争」によって狂っていく人生、そして終戦間際の8月15日未明に秋田・土崎を襲った空襲の悲劇…そうした重苦しい状況が重層的に圧倒的なリアリティを持って描かれ、さらに「現在」とつながっていく。「死んだら、なにかの熱になれる。すべての生き物のなれのはてだ」というセリフが象徴するように、物語世界は「いまここ」にいる我々全てにどこかでつながっているかのようだ。
著者の加藤さんにとってこの物語は「30代も半ばとなった私が何を書くべきなのか、問い続けた結果」なのだという。小説に没入するため舞台を2019年の東京都、実母の地元である秋田にしたところ、日本最後の空襲・土崎空襲を知り、関係者への取材も重ねて深く描いていったというが、折しも「戦争」が目の前のリアルとなった現実の中で、あらためて悲劇の大きさが実感として身にしみる。
さらには友情を育む孤独を抱えた少年たちのピュアな輝きと強さ、「家族」という存在の力強さ、事実を知ることの重みと責任、それでも人間の本性を信じて「生きる」ことを諦めないこと――いくつもの大切な思いが最後は一枚の絵に重なり、胸を打つ。構想3年、作家・加藤シゲアキが全身全霊をかけて書いたという壮大なドラマに、きっとあなたも圧倒されることだろう。
文=荒井理恵