美大在学中から音楽活動をスタートしたシンガーソングライター・小林私が、彼自身の日常やアート・本のことから短編小説など、さまざまな「私事」をつづります。
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小さい頃はずっと無言で人形遊びをして、それぞれの人形に名前や物語を付けて遊んで、そのまま中学生になった。
掲示板サイトでなりきりチャットを始め、幾つものキャラクターを作っては彼らの人生を生きた。インターネットを介した友人も出来て、オフ会なるものも初めて行った。高校生になる頃に掲示板サイトがサービス終了した。それに伴って巣を移動することなく、そのまま俺はなりきりチャットをやめた。
単に同じくらい便利なサイトがなかったから、サービス終了がなければきっと今でも続けていただろう。人形遊びも同じように、今なお何の躊躇いも恥ずかしげもなく同じことが出来るけれど、俺はしていない。
何故かって、空手ってあるだろ。突き詰めていけば最終的に武器なんて要らなくなる。同じように、妄想に触媒が不要になってしまった。
目の前にある人形というモチーフから、掲示板に書き起こしたキャラクターの設定。そういったものは最早要らない。あの頃生きていた彼らは今も俺の脳内で生きて喋っている。
彼らが俺と喋ることは一度もなく、また話しかけようと思ったこともない。いわゆるイマジナリーフレンドとは異なり、似た言葉にするのであればイマジナリーワールドとでもいうか。俺はあくまでその世界の壁や天井で、彼らの生きる様を眺めていて、向こう側を眺めようとするときには沈むような感覚がある。
俺は人知れずとぼんやりしているときがあって、それは向こう側にいるときだ。一人でも、誰かといても、外を歩いていてもほぼ無意識的に向こう側にいってしまうことも多い。あまりバレていない(と思っている)のは、俺の耳の問題が助けてくれているからだ。
話は逸れるが、俺は言葉を耳で直接聞き取る能力が著しく低い。文字で説明し難いが「おはよう」と言われても「〇〇〇〇」と塊で聞こえる。その塊は文字記号のアウトラインをなぞったようなもので、それを脳内の視覚で読み取って意味を解釈している。人との会話でラグが起こる。どうしているかというと、「おはよう」等は文脈とパターンのサンプルで判断して、残りは人が話しそうなことを事前にシミュレートして回答を幾つか用意しておいている。俺が早口なのは事前に用意した文章を読み切ろうとしているからだと思う。
会話やインタビューで長考するときがあり、それは回答を考えているわけではなく、サンプルにない、あるいはシミュレートしていなかった音の塊を読んでいる時間が大半だ。
聞く→(無意識に音を塊にしている)→読む→回答を考える→回答する
と非常にラグがあり、さらにこの時に黙って思考するせいで向こう側に陥りやすく、最初の塊を失くしてしまうことも多い。
とはいえ慎重に考えて喋らなければいけない場は意外と少ないので、あまり困ることはない。
話を戻すと、上記とは逆に向こう側にいるときに音が来た場合、これは塊が後なのでハッキリと聞いていなくても読んで類推出来ることが多い。返答に時間はかかれど会話はギリギリ出来る。だからあまり露見することがない(と思っている)のだ。
余談だが、運転時はどうしているのかというと、俺は自己暗示能力に優れていて「車に鍵を差してエンジンをかける」という行為をスイッチにすることで集中したり眠くならなかったりと出来る。あくまで脳を騙しているだけで、例えばハチャメチャに体を酷使して疲れさせたり徹夜させたりすれば普通にバグると思う。
ここまで読んでいただくと分かる通り、俺はかなり頭を軸にして生きている。賢く思考を進めて...というよりは断続的な思考が先だって肉体が追い付いていない。
漫画やアニメなどの創作物に触れている時も、一度本を閉じて向こう側に行くことがよくある。大概はときめいたときで、その創作物の世界に思いを馳せたいからだ。
呪術廻戦に凄く好きなシーンがある。渋谷事変で拘束された五条悟が羂索に体を奪われた夏油傑に声をかけると、羂索の意思に反して体が動くシーンの次ページ。
「君は魂は肉体の先に在ると述べたが やはり肉体は魂であり魂は肉体なんだよ」
「でなければこの現象にも 入れ替え後の私の脳に肉体の記憶が流れてくるのにも 説明がつかない」
と言う羂索に対して、
「それって一貫してないといけないこと? 俺と夏油の術式では世界が違うんじゃない?」
と返す真人。
「術式は世界か...フフ...」
「いいね 素敵だ」
ここは本当に素敵なシーンだと思った。同じ世界に住んでいても、それぞれの眼差しの中で肉体が先に在ったり、夏がだめだったりするのだ。
そのようなことを一々考えてしまう為に読書が遅々として進まない...訳でもなく、どうせ何遍も読むのだからとページを繰るのは早い。暗号学園でジグソーを高速で解いた絣縁沙と同じく、ただ早いだけ。
何故漫画を描こうと思わないのだろうと考えたこともあるが、結局のところ物語の妄想は空手で済むからだ。
それから、何故音楽を続けるのだろうと考えると、やはり肉体の悦びの為であろう。結局、全身を動かして曲を作るし、あるいは絵を描くし、案外運動好きなのかもしれない。それはないか。でも手作業は死ぬまで続けると思う。
とはいえ、精神の悦びの為に、俺は本当はもう何もいらないのかもしれない。
https://thetv.jp/feature/matome/12755/
◆小林私「私事ですが、」●ダ・ヴィンチWebでの過去の連載はこちら◆
https://ddnavi.com/serial/kobayashi_watashi/
小林私(こばやし・わたし)
1999年1月18日生まれ、東京都あきる野市出身のシンガー・ソングライター。
多摩美術大学在学時に本格的に音楽活動を始め、自室での弾き語り動画をきっかけに注目を集める。YouTubeでのユニークな雑談配信も相まって人気を博し、現在チャンネル登録者は16万人を超える。2023年、キングレコードのHEROIC LINEから、メジャー第1弾となる3rdアルバム『象形に裁つ』、8月には弾き語り原作アルバム『原作』をリリース。
音楽のみならず、執筆・描画など多彩な才能を生かして活躍の場を広げている。
HP:https://kobayashiwatashi.com/
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音楽配信:https://fanlink.to/watashi_music
3rd ALBUM 『象形に裁つ』
https://kobawata.lnk.to/3rdAL