「幸薄い役をやらせたら日本一」
「前は亡くなる役も多かったんですけど、最近は生き残れるようになってきました」
木村多江は、45歳のときに出演した「徹子の部屋」(2016年11月17日テレビ朝日系)でそう茶目っ気たっぷりに言って微笑んだ。
木村といえば、はかなげで劇中に死んでしまうような役柄が多く「幸薄い役をやらせたら日本一」などと評されていた。なんといっても彼女がブレイクしたのが1999年のドラマ「リング~最終章~」と「らせん」(共にフジテレビ系)での山村貞子役というのが大きかった。貞子といえば、いまだにJホラーを代表するキャラクター。そのイメージはなかなか消えず、早死にする役から復讐する役まであらゆるバリエーションの“不幸”を演じることとなった。いつしか、普通の役を演じても「木村多江が普通の主婦の訳がない」などと「“何か”があるんじゃないか」と思われる役者になった。
父の死と容姿へのコンプレックス
そんな木村は、学生時代から俳優を目指し勉強していた。在学中からミュージカル版「美少女戦士セーラームーン」でフィッシュ・アイを演じる(なぜかこの舞台では特技の玉乗りも披露している)など、舞台役者として活動していた。この頃、バイトをたくさんして、芝居の稽古も4~5個かけもちして多忙を極めていた。そんなとき、父親が急死してしまう。自分が父に心配させストレスを与えてしまったのではないか。死因の一端に自分があるのではないか、と思い悩んだ。
「母から父を奪ってしまったんじゃないかっていう自責の念がずっと20代は占めてましたね。自分が幸せになることが許されないっていう感覚が強かったし、笑ってることが許されないっていうか。だから不幸な役がきてちょうどよかったのかもしれない」(「アナザースカイ」2024年1月13日日本テレビ系)
と同時に苦しんだのは、容姿へのコンプレックスだ。映像の世界では、みんなスタイルも良くて、華があり、美しい。そんな人たちと横に並んで映ると絶望的な気分になった。「自己否定ばかりしてました…。もう、目も顔全体も、声もスタイルも、指のふしでさえ、嫌でした」(「CHANTO WEB」2022年11月29日)
プチ整形も考えるほど悩んだが、30代になると「もう、これはしょうがないよね」と諦めがつき受け入れたという。同じ頃、「父は、私が不幸になるよりも、幸せになることを望んでいるんじゃないか」(同11月30日)と自分を許せるようになった。