綾辻行人の大ベストセラー「館」シリーズの第一作目、『十角館の殺人』がHuluオリジナルのドラマとして実写化を果たす。キャスト情報のほか予告編動画も公開されている同作について、ファンからは早くも「どうやって実写化するのか」など驚きの声が止まない。漫画小説を問わず“実写化”には拒否感を持つ人がいるなか、『十角館の殺人』には肯定的な声が集まるのはなぜか。WEBザテレビジョン編集部が先行してドラマ1~2話までを視聴し、見出した“期待感”の正体を深掘りする。
「実写化不可能」の本格ミステリーを先行レビュー
同作は1986年、天才建築家・中村青司(仲村トオル)が謎の死を遂げた角島(つのじま)が舞台。中村は半年前に自身が手掛けた十角館という建物の本館・青屋敷で、謎の死を遂げていた。そこに降り立ったK大ミステリ研究会の男女が訪れる。
研究会のメンバーはミステリ好きを体現するように、お互いをアガサ、ポウなどミステリの大家になぞらえたあだ名で呼びあっていた。自信家でキザな言い回しの目立つエラリイと若干攻撃的なカーによる言い争いはあれど、おおむね和気あいあいとした雰囲気で島にたどり着く。
しかし島に到着した翌朝、大広間の十角テーブルのうえに奇妙な札が置かれていた。そこには「殺人犯人」と「探偵」、そして「第一」から「第四」、「最後の被害者」と書かれている。そして研究会のメンバーしかいない無人の島で起きる凄惨な連続殺人。「もしかしてこのなかの誰かが?」疑心暗鬼は広がり、ミステリ研究会はお互いのことを信用できなくなっていく。
そしてミス研メンバーが島に着くのと同じころ、元ミステリ研究会のメンバーであった江南(かわみなみ)孝明(奥 智哉)は奇妙な手紙を受け取っていた。手紙の差出人は、半年前に死んだはずの「中村青司」。しかも内容は「お前たちが殺した千織は私の娘だった」という過激な告発文だ。
ちょうどミス研メンバーが十角館に向かったことを知っている江南は、死人であるはずの中村から届いた手紙が単なるいたずらとは思えなかった。調査に乗り出す過程で知り合った謎の男・島田潔(青木崇高)とともに中村青司の事件を追うなかで、やがて本土と角島の事件が意外な形で繋がっていく。
同作はファンの間でも傑作と誉れ高いタイトルだが、特に綾辻作品のなかで最も「実写化不可能」な著作として語られてきた。事件の根幹に関わることであるためここでは「なにが不可能なのか」を明確に語ることはできないが、知っている人であれば“あの1行が与える衝撃をどう実写化するのか”と興味をそそられるはずだ。
精巧に作り上げられた“1986年”
ともかくも「実写化不可能」と言われるトリックの描き方に注目が集まる同作。しかし本編を先に見た感想としては、もっと細かなこだわりの数々に驚かされた。
同作の舞台である1986年は、前年に「8時だョ!全員集合」が終了し、テレビ朝日「ミュージックステーション」が放送を開始した年。国生さゆりが“国生さゆりwithおニャン子クラブ”として「バレンタイン・キッス」を、西村知美が「夢色のメッセージ」をリリースした年でもある。アイドル文化全盛、まだ携帯電話を持つ人がほとんどおらず、娯楽にも乏しい。
そんな時代を描くにあたって、同ドラマには説得力を増すための工夫が随所に見られる。たとえばミステリ研究会のメンバーを演じる長濱ねるは、当時流行していた松田聖子を模した「聖子ちゃんカット」で登場。ドラマ「3年A組-今から皆さんは、人質ですー」で存在感を示した今井悠貴など、いかにも文系オタクっぽいモサっとした髪型&眼鏡スタイルで一瞬今井とは思わなかったほどだ。
ほかにも各登場人物は1986年当時のファッションで統一されており、ヘアスタイルから手荷物、趣味嗜好に至るまで時代設定を狂わせないこだわりよう。
もちろん作品の大テーマである“すべてが十角”で形成されている建物、コップ、テーブル、灰皿、電灯に至るまで、さまざまな小道具が完璧に設えられているのは言うまでもない。いったい原作イメージそのままの十角館をどのように用意したのかは不明だが、ここは当然全員の注目を集めるポイント。力を入れるのも納得なのだ。
だが物語の根幹に関わるわけではない部分において、誠実に「1986年」を描こうとする熱意には敬意の念が湧くというもの。ほとんど近代といえる舞台であるため、省略してもほとんどの人は違和感なく見れたことだろう。そのなかで妥協せず化粧の色や美術、ファッションなど時代考証を重ね、丁寧に作り上げた作品ということが伝わってくる。