「女王陛下のお気に入り」の名コンビ、エマ・ストーンとヨルゴス・ランティモス監督が再会したのだから評判になるのは間違いないし、傑作が仕上がることは予想できたとはいえ、まさかこれほどまでに圧倒的な評価を集めるとは。第80回ヴェネチア国際映画祭の金獅子賞、第81回ゴールデングローブ賞では作品賞と主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)、第96回アカデミー賞では主演女優賞受賞、衣裳デザイン賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞、美術賞の計4部門で受賞。話題を集めた映画「哀れなるものたち」が4月24日に配信された。映画館でもいまだに上映中の同作だが、自分のペースで止めたり繰り返したり何度でも楽しめるので、細部にまで徹底的にこだわって描かれた、“魅せる要素”と“衝撃”がいっぱいの作品を、心に染みわたらせてほしいと思う。今回はアカデミー賞、英国アカデミー賞、ゴールデングローブ賞をそれぞれ2度獲得するなど、俳優として充実期に入った同作主演女優エマ・ストーンのこれまでの軌跡をざっと振り返り、彼女がモテる(=愛される)理由を探る。
“伝説のデビュー作”がひそかに日本上陸
エマは1988年11月6日生まれ、アメリカ南西部のアリゾナ州スコッツデール出身。幼少期から俳優を志し、映画「SUPERBAD」(2007年)でスクリーンデビュー。アメリカでは大ヒットしたが、当時日本では劇場公開されず、「スーパーバッド 童貞ウォーズ」という邦題で“DVDスルー”された隠れた名作だ。時を経て、2024年1月2日〜6日に東京・シネマート新宿で5回限定上映されたのも記憶に新しいところ。
2010年には初主演映画「Easy A」が公開、こちらの邦題は「小悪魔はなぜモテる?!」。エマにも、学園青春モノで主役をしていた時期があったのか、ということを知ることができる貴重な作品だ。しかも、1960年代にエディ・フロイドというリズム&ブルースのシンガーが大ヒットさせた「ノック・オン・ウッド」というヨコノリの曲を、シャッフル・リズムを使ったタテノリのアレンジで粘っこく歌っているのも、またレア度極まる。演技だけでなく、このオリジナリティーあふれる歌声も愛された。
ここで初めてゴールデングローブ賞にノミネートされ、充実の2010年代が本格的にスタートする。映画「スパイダーマン」シリーズをリブートした「アメイジング・スパイダーマン」「アメイジング・スパイダーマン2」に登場、ヒロインのグウェン・ステイシーを好演。“親愛なる隣人”の新たな“親愛なる人”として、世界中のファンからモテた。
そして2014年には、代表作の一つであろう「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」が公開された。エマは、元スター俳優であるリーガン・トムソンの愛娘にして付き人であるサマンサ役。私の中にリアルタイムで最初に刻み込まれた彼女の姿はこれだ。音楽を担当したのはドラマーのアントニオ・サンチェス(元パット・メセニー・グループ)。ドラムソロが中心のサウンドトラックという点でも掟破りなのに、それがまた映画の展開に絶妙な陰影を加えていて、とにかく秀逸な作品だった。
2016年には日本でも大きな話題になった名作「ラ・ラ・ランド」が公開された。伝説的ジャズ・ピアニスト、セロニアス・モンクの演奏する「荒城の月」の音源が非常に効果的に使われ、野外の真昼間におけるとんでもなく色彩感の豊かな歌唱&ダンスシーン描写にはフランス映画「ロシュフォールの恋人たち」へのオマージュも感じられるという、音楽オタクや古い映画好きにも訴える作品だった。
主人公のセブは芽の出ないジャズ・ピアニストで、ささいなことから女優志望のミアと運命の出会いを果たす。このミアを演じていたのがエマだった。チャーミングな美貌もさることながら、演技の面でも世界中から評価を受け、彼女はこの映画でアカデミー主演女優賞、ヴェネチア国際映画祭女優、ゴールデングローブ賞主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)に輝いた。
「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」では女性蔑視と闘い、男性選手との試合で勝ちを収めた(ゆえに“性別の戦い”という題名である)。実在のテニス選手、ビリー・ジーン・キングに扮(ふん)し、「女王陛下のお気に入り」では物語のカギを握る人物、アビゲイル役を恐ろしいまでにクールに演じた。このギャップもまた、彼女の愛される理由だろう。
「クルエラ」では製作総指揮も!
2021年の「クルエラ」では二役を演じるとともに製作総指揮も担当、その興奮もさめないところに、この「哀れなるものたち」が登場したのだから、ものすごい勢いというしかない。もはや“モテ期”といってもいい。
「哀れなるものたち」は、自ら命を絶った不幸な若き女性ベラ(エマ)が、天才外科医のゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)の手によって奇跡的に蘇生することから始まる。
よみがえったベラは、“世界を自分の目で見たい”という強い好奇心に導かれ、放蕩者の弁護士・ダンカン(マーク・ラファロ)の誘いに乗り、壮大な大陸横断の冒険の旅へ出る。やがて貪欲に世界を吸収していくベラは、平等と自由を知り、時代の偏見から解き放たれていく――。
エマが「この原作を基に、このレベルにまで達する映画を作り上げられる監督は他に思い当たりません」とヨルゴス・ランティモス監督への信頼を語っているが、まさにその通り。上映(配信)時間142分ほどということで少し長いなと捉えてしまう人もいるかもしれないが、一度見始めたらあっという間にエンディングだ。
そんなエマが、みたびランティモス監督とタッグを組む主演映画「憐れみの3章」の公開が決定。日本でも年内に公開される予定で、5月の第77回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品されることも決まっている。さらなる新作映画への出演交渉が始まっているとも言われている通り、どんな役でもモノにしてしまうエマの才能をクリエーターが放っておくわけがない。
まずは彼女の次の一手を静かに見守ることが最善の策だろうが、世界的シンガーソングライターのテイラー・スウィフトとも友人らしいので、個人的にはテイラーのプロデュースしたエマのボーカルアルバムをいつか聴くことができたら…と哀れに思われようともひそかに願っている。
映画「哀れなるものたち」はディズニープラスの「スター」で見放題独占配信中。
◆文=原田和典
ポニーキャニオン