乃木坂46の山下美月が、5月11日(土)、12日(日)の東京ドームコンサート(Leminoほかで配信あり)で同グループを卒業。乃木坂46での活動のみならず、今やドラマ・映画で欠かせない存在になり、卒業前ラスト写真集「ヒロイン」でもアイドルらしさを解き放っているが、いかにして当代のトップアイドルとなったのか? 彼女の軌跡を、「泥くささ」をキーワードにたどってみたい。
山下から乃木坂46への恩返し
山下の卒業シングルにもなった35thシングル「チャンスは平等」が、3月の12th YEAR BIRTHDAY LIVE千秋楽で初披露された時には、乃木坂46らしからぬグルーヴィーな1980年代洋楽風のディスコチューンだったことに少なからずどよめきと驚きがあった。さらに山下の同期(3期生)全員が選抜入りし、自ら作詞したソロ曲「夏桜」を通常盤に収録と、山下から乃木坂46への恩返しのような構成だ。
彼女が乃木坂46の3期生オーディションに合格したのは17歳、高校2年生の時。それまでにもアイドルのオーディションに応募し続けるも結果が出なかった山下が、最後のチャンスに一念発起してつかんだ合格だった。加入から1~2年の間は、ブログでもよく48グループやハロー!プロジェクトなど、好きなアイドルの話をしている。
加入直後には3期生だけでの舞台「3人のプリンシパル」にて、観客の投票で3役すべてを演じた。3年目の2018年には「CanCam」専属モデル就任、翌年には48シリーズと坂道シリーズによるスペシャルユニット「坂道AKB」で第3弾楽曲「初恋ドア」のセンターに抜てき、「電影少女-VIDEO GILR MAI 2019-」(テレ東系)では萩原利久とW主演と順調そのもの。アイドルと役者、双方でブレイクを遂げたが、直後の2019年4月に体調不良で休養期間を設ける。ドラマ撮影にモデル、グループの仕事が重なって多忙を極めたための配慮だった。
ところが、山下自身はこの休業時にグループを辞めたいと申し出ていたと、後に振り返っている。使命感が先走って、活動を全うできないことに過度に責任を感じてしまっていたようだ。この、全方向での全力ぶりは山下を語るに欠かせない。
「電影少女―」の後、転機になるもう一つの作品「映像研には手を出すな!」に巡り会う。同名コミックの実写化作品で、2020年にドラマ版(TBSほか)と映画版に続けて出演。齋藤飛鳥、梅澤美波と山下の3人でアニメ制作に興じる高校生の学園ライフを演じた。山下扮(ふん)する水崎ツバメは高校生にしてカリスマ読者モデルのお嬢様、社交性抜群で学校の高嶺の花というキャラクター。お嬢様キャラに見えて表情豊かでオーバーな振る舞いにも挑戦し、原作の画風からくるコミカルな雰囲気作りにも貢献した。
3人で主題歌「ファンタスティック三色パン」もリリースし、これを機に3人は急接近。齋藤に山下と梅澤がスキンシップを図って、齋藤のキュートな面や愛嬌(あいきょう)を引き出してくれる関係性はその後も続いた。
2022年秋から放送された連続テレビ小説「舞いあがれ!」(NHK総合ほか)もまた山下の存在感を高めたドラマだ。パイロットを志すヒロイン・岩倉舞(福原遥)の親友である望月久留美を10代から30代まで演じきり、大阪弁を話す芯の強い役柄で新しい印象を見せた。SNSなどで見せる福原との仲の良い様子もファンを喜ばせる。とにかくも彼女のアイドル性は、作品にまつわる空気を明るくしてくれるようだ。
乃木坂46屈指の結束力を誇る山下ら3期生
乃木坂46の各期の中でも、特に体育会系的な結束力の強さを持っているのが山下ら3期生。「くぼした」コンビの愛称で呼ばれる山下と久保史緒里は、早くから芝居心を開花させて台頭。楽曲でも「不眠症」「泥だらけ」とWセンターやメインボーカルを務め、2023年は32ndシングル「人は夢を二度見る」で表題曲Wセンターが実現した。
山下は32ndシングル発表後の2023年3月29日のブログの中で、歌にちなんでこんな思いを投稿している。
「乃木坂に入ったばかりの時は誰からも愛される可愛くて笑顔が似合うアイドルになろうと奮闘していたな、とか 初めてのお仕事の現場で絶対にこのチャンスを逃さないと寝る間も惜しんで向き合っていたな、とか ですが凡人なので全部上手くいくわけは無く 半分は叶って半分は夢破れる いや、私の場合は不器用なので3:7くらいの割合で叶わないことの方が多いですね。笑」
一方の久保は、同じ年の2月20日にブログでこんな言葉をつづっていた。多くは語らないが、山下との絆を感じさせるフレーズだ。
「あなたの隣に立つのに相応しい人になりたくて6年半、走って追いかけてきたことは悔しいけど事実です。ただそれは、あなたが頑張り続けてきてくれたからこそ、出来たこと。ありったけのありがとう。これからは、一緒に乗り越えて行きたい。背中合わせもいいけど、どうかこの期間は共に前を見させてください」
2人とも、抜てきされ始めた時期に体調面からの休養を経験し、その後はジャンルを問わず引っ張りだこの存在となった。互いが支えでありライバルであったからこそ今の活躍があり、卒業コンサートでも山下と久保の間ではエモーショナルな情景が見られるだろう。セットリストはどうなるか分からないが、3期生曲の「三番目の風」「僕の衝動」「自分じゃない感じ」などでのエネルギッシュなパフォーマンスにも期待したい。
それだけでなく、グループ内ではおちゃめなシーンも多く「乃木坂工事中」(テレ東系)では宴会芸として「マツケンサンバ」をコスプレして踊った「ヤマケンサンバ」を持ちネタとしている。
ビジュアルクイーンで演技力もバラエティー力も培ってきたのはもちろん、何度もオーディションに落選し加入後も見えないところで挫折や失敗を経験してきた、とても泥くさいアイドルでもあった山下。仲間にも恵まれてアイドルという夢を全うしたその軌跡は、山下から私たちへの人生の応援歌でもあるのだろう。
5月11日(土)、12日(日)の卒業コンサートは、乃木坂での7年半だけでなく、華やかな世界に憧れていた少女だった頃からの、山下の夢の集大成になるだろう。なお卒業コンサートはLeminoほか各映像配信サービスでPPVでのライブ配信と翌週5月18日(土)、19日(日)にリピート配信が予定されている。
◆文=大宮高史