「病気の子どもがいれば看病し、疲れた母がいれば代わりに労働し、死にそうな人がいれば怖がらなくてもいいと伝え、争いごとがあればやめろ」という人になりたい。宮沢賢治の有名な「雨ニモマケズ」には、このようなニュアンスのフレーズが登場する。「なりたい」というのだから、現在は「なれておらず」、死にそうな人に「怖がらなくてもいい」と伝えたところでその人の目の前に「死」という動かしがたい現象が迫っていることに変わりはない。6月26日に全話一挙配信されたドラマ「トラッカー」の主人公である懸賞金ハンターのコルター・ショウ(ジャスティン・ハートリー)は、願望よりも先に行動をせずにはいられないタイプの男であると見た。考えるのとほぼ同時に体が動き出し、筋肉が躍動するタイプの男であろう。「俺が助けることで、窮地にある人の未来を明るいものに替えることができるのなら、いくらでも協力を惜しまない」とでも言わんばかりの潔さがある。今回はそんな「トラッカー」の第1話を幅広いエンタメに精通するフリージャーナリスト・原田和典氏が視聴し、独自の視点でのレビューを送る。(以下、第1話のネタバレを含みます)
アメリカでは3000万人が視聴した
原作は、ジェフリー・ディーヴァーのベストセラー小説「ネヴァー・ゲーム」。主演と制作総指揮は、テレビドラマ「THIS IS US/ディス・イズ・アス」でケヴィンを演じ、2020年日本公開の映画「ジェクシー! スマホを変えただけなのに」にも登場していたハートリーが担当している。アメリカでは、シーズンのオープニングをマルチプラットフォームで3000万人が視聴(3月4日時点)。その後の平均視聴数も絶好調で、新作ドラマとしては2015年放送の「Empire エンパイア 成功の代償」以来、最も視聴された作品になり、放送時間にあたる日曜夜9時の視聴率を、前年比83%も向上させたという。
物語展開は起承転結に富んで分かりやすく、登場人物のキャラクターも立っていて、エンディングに向けての展開が心憎いというか、連続ドラマだからこそ「この後どうなるのだろう? 早く次のストーリーが見たい!」と、思わずにはいられない作りとなっている。そのあたり、制作スタッフの頭のさえも強烈に感じるのだが、ここは素直に彼らの誘いに乗って、ドキドキ、ハラハラ、ワクワクしながら次に訪れる展開を待ちたいものである。
さらにもう一つ書くと、主人公のコルターはただの「いい人」「熱血漢」ではない。彼を突き動かす要因の一つには、しっかり「懸賞金」がある。ベタな言い方をすれば報酬を求めて仕事をしている。やわらかく言えば、日々の光熱費や食費や交通費のために。そのあたり、大部分の社会人と同じだ。日本でも分かりやすい職業に当てはめると、探偵ということになろうか。失踪人や逃亡犯に懸賞金がかけられると、現地に赴き、捜し出し、ことにあたる。その手腕が非常に鮮やかだ。
幼少期にサバイバル術を習得
なぜ人並外れて作業をスムーズに行えるのか、そのあたりに関しては第1話に挿入される「子ども時代のエピソード」に詳しい。父にしっかりサバイバル術や追跡のテクニックを学んでいて、それが彼をハードな状況でも生かしているのだ。ふと思い出したのが、実写映画&アニメ化もされた漫画「ザ・ファブル」の佐藤明と名乗る殺し屋の生い立ちである。「ここまでなら命は保たれるが、ここを少しでも超えてしまうと命の保証はない」、それを非常に研ぎ澄まされたカンで見分ける。
行方不明の少年を犯人の車の荷台で発見したが彼には手錠がかかっていた。犯人と交渉して手錠のカギを入手するも警察がヘリで上空に現れ、ブチ切れた犯人から銃撃を受けてしまう。犯人が車を暴走させて逃亡しようとするも、警察に包囲される。犯人が車をバックさせて自害、バックした車が実に微妙なバランスで崖に止まり、少年とコルターが荷台のドアにぶらさがった状態に、遥か下の川は激流…。
這い上がることのできる可能性はほぼゼロ。そうなると「落ちる」ことが選択肢となろう。車ごと落ちるか、先に落ちるか。地面を避けて川に落ちることが良策とはいえ、その先は「泳げるかどうか」が明暗を分けるのだが…このあたりの決断も実に鮮やかだった。
アメリカでは第4話が放送された時点でシーズン2の制作が決定したという人気ぶり。「人生をかけて、他人の探しものを捜索する」男の深さ、美しさ、哀愁をぜひ味わっていただきたい。少年時代、誰もが一度は憧れた生活がここにはある。
「トラッカー」は、ディズニープラスのスターで独占配信中(全13話)。
◆文=原田和典
https://www.disneyplus.com/ja-jp/series/tracker/
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