今期の話題作となったTVアニメ「逃げ上手の若君」(毎週土曜深夜11:30-0:00ほか、TOKYO MXほか/ABEMAほかで配信)。現在第十一回までが放送されており、物語はクライマックスを迎えている。最終回を前に、本作が優れていた点を振り返りたい。(以下、ネタバレを含みます)
これまでのジャンプ作品と一線を画す主人公
秋の訪れとともに続々と最終回を迎えている夏アニメ。今期もラインナップが豊富だったが、その中でも話題作となったのが「逃げ上手の若君」だ。
本作は、「魔人探偵脳噛ネウロ」「暗殺教室」で知られる松井優征が週刊少年ジャンプ(集英社)にて連載中の歴史スペクタル漫画が原作。鎌倉幕府滅亡後、北条家の生き残りである北条時行(CV:結川あさき)が謎多き信濃国の神官・諏訪頼重(CV:中村悠一)に逃げ隠れの才能を見出され、仲間とともに鎌倉奪還を目指す冒険譚となっている。
「友情・努力・勝利」というジャンプの王道パターンを踏襲する本作だが、これまでと大きく異なるのは主人公が“逃げ腰”だということ。北条家の正統後継者でありながら武芸の稽古から逃げ続け、幕府滅亡に際し一族のほとんどが討ち死にか自害を選ぶ中、時行だけは頼重の助けで生きおおせる。誇りのために戦い、いざという時は潔く死ぬことこそ美徳とされたこの時代。多くの人間は時行の生き様を恥と非難するかもしれないが、頼重はそれこそが英雄になるための素質であると肯定するのだ。
逃げることを良しとする姿勢は今っぽいと言えば今っぽいが、本作は決して「逃げること」それ自体を肯定しているわけではない。生死を賭けたスリルに興奮と快楽を覚える“生存本能の怪物”で、敵から逃げているときの姿がまるで鬼ごっこを楽しんでいるようにも見える時行。そんな主人公の人生を通して、「生きること」から逃げず、命ある限り人生を遊び尽くすことを賛美する物語なのだ。
未来が見える頼重の視点で日本の中世を楽しく学べる
あくまでもフィクションとはいえ、基本的な流れが史実に沿っており、日本史の勉強にもなるのが嬉しいポイント。それでも不思議ととっつきにくい感じがしないのは、諏訪頼重という存在のおかげでもあるだろう。頼重は神力を操ることができ、おぼろげながら未来をも見ることができるキャラクター。そのため、メタ的な発言が多い。
例えば、小笠原貞宗(CV:青山穣)と犬追物で対決することになった時行が馬上で身体をひねり、敵に逃げながら矢を放つ「押し捻り(おしひねり)」を繰り出す場面では、頼重が「未来ではもっと少年心をくすぐる通称で呼ばれるようだ」とニヤリ。そこからナレーションでこの「押し捻り」が紀元前に中東のパルティア王国が世界最強の国家だったローマの大群を撃破した後ろ射ち戦術のことであり、のちに「パルティアンショット」と呼ばれるようになることが明かされる。
他にも、第十回では頼重が人の住まう範囲が広がり、人の目につかない場所がどんどん減っていけば、時行のようなお尋ね者はすぐに捕まってしまうと説明。その場面では、渋谷のスクランブル交差点にある大型ビジョンに時行の姿が映し出される演出がとられた。そうした頼重の俯瞰した視点があるおかげで、私たちは現代の日本に置き換えながら楽しく物語の舞台である中世を学ぶことができるのだ。