
ロックの英雄、そして“アメリカの魂”と称され、50年にわたって第一線を走り続けるアメリカのロック界を代表する“ザ・ボス”ことブルース・スプリングスティーンの若き日を描く音楽映画「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」が、11月14日に公開された。同作はウォーレン・ゼインズ氏の「Deliver Me from Nowhere」を原作に、スコット・クーパー監督が執筆した脚本を、スプリングスティーン本人が読んだことで映画製作が決定した。今回は幅広いエンタメに精通する音楽ジャーナリスト・原田和典氏が公開に先立ち試写会で同作を視聴し、独自の視点でのレビューを送る。(以下、ネタバレを含みます)
ジェレミー・アレン・ホワイトが若き“ザ・ボス”役に
1年ほど前からディズニープラスのスターで配信されている「ブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンド:Road Diary」。同作はスプリングスティーンが約6年ぶりに開催したワールドツアーの舞台裏を縦軸に、下積み時代も含む彼の音楽的キャリア、バンドメンバーとの結束、今は亡き仲間への思いなどを横軸に描き出される、文字通りの力作である。
スプリングスティーンの名前は、恐らく海外のロックが好きなら誰もが知っているが、彼の来日公演は1985年4月、88年9月(チャリティーイベント)、97年1月(ソロ・アコースティック・ツアー)のたったの3度にとどまる。28年間、日本でのライブはご無沙汰だ。そういう意味でも「ブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンド:Road Diary」は、心の渇きを癒やしてくれるものであり、カリスマの地位を手にして久しい彼が、依然として1人の“ロックンロール・ガイ”であることも示す傑作であった。
そして11月14日に「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」と題された劇映画が全国公開された。演出・脚本は「クレイジー・ハート」のクーパー監督が担当、スプリングスティーン役には、ドラマシリーズ「一流シェフのファミリーレストラン」で主演を務め、ゴールデングローブ賞で3年連続主演男優賞を獲得した名優ジェレミー・アレン・ホワイトが扮(ふん)している。劇中では彼が吹き替えなしでスプリングスティーンの名曲を歌い、演奏しているというのだから恐れ入った。まるで憑依したかのごとく、内面から湧き出るような“ザ・ボス”っぷりだ。
ほか、音楽評論家時代に初期のスプリングスティーンのライブに接して「私はロックンロールの未来を見た。その名はブルース・スプリングスティーンだ」と称賛し、後に名マネジャーとなったジョン・ランダウをジェレミー・ストロングが演じ、スプリングスティーンの人格にいろんな意味で影響を与えた父親の役にはNetflix「アドレセンス」などで知られるスティーヴン・グレアムが務める。とても難しい役柄だろうに、さすがの演技力だ。
“大ブレーク前夜”のスプリングスティーン
物語の舞台は、1982年の米国ニュージャージー州。地図で見るとニューヨーク・マンハッタンはすぐ近くなのだが、そこに到達する、そこで“通用する”エンターテイナーになるためには限りなく高い壁を飛び越えることが必要とされる。それをクリアしたのがスプリングスティーンであり、ボン・ジョヴィといった面々というわけだ。1982年当時のスプリングスティーンはレコードデビューから10年目の頃。
もう新人ではなく、1980年末に発表したアルバム『ザ・リバー』では初のアルバム・チャート1位に到達、シングル「ハングリー・ハート」もトップ5入りを果たすなど、培ったキャリアがどんどん報われてきた時期だ。街を歩いていると通行人に「『ハングリー・ハート』聴いたよ。いい曲だな」などと声がかかる、なんとも温かな気分になるシーンも映画の中に登場する。
だが、世界を揺るがすミュージックシーンのカリスマになるのは、空前のヒットとなった「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」(1984年)を発表して以降ということになるはずだ。
そしてスプリングスティーンのディスコグラフィーには、「ザ・リバー」と「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」の間に、一種の私小説的な、ある意味カスミソウのような、だが見逃せない濃厚な作品がある。タイトルは『ネブラスカ』、1982年に発表されたアルバムだ。「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」では、いわばその“葛藤の時期”に、この1作を作り上げていった過程も丁寧に描かれている。
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