
『ネブラスカ』が生み出された背景
ある日、彼はテレビの映画番組を目にした。放送されていたのは、テレンス・マリック監督の映画「バッドランズ/地獄の逃避行」(1973年)。10人を超える人々の命を奪った2人組の殺人犯と、その事件をモチーフにした作品だ。「なぜ、そんなことを?」と思ったスプリングスティーンは、当時の新聞記事を調べていく。
それが彼の本業である音楽・創作と結びつくのはごく自然なことだった。ちなみに“ネブラスカ”というのは、その連続殺人が始まった州の名前である。やがて彼は自宅の寝室にカセットテープレコーダーを持ち込み(友人のギターテクニシャンであるマイク・バトランが協力)、基本的にアコースティックギターの弾き語りによるレコーディングを続けた。
まるで自分の内部に語り掛けるような歌詞の数々。大観衆を熱狂させていくパフォーマンスとは、ある種正反対の、極めて内省的な世界。力強いビートを送り込むEストリート・バンドの仲間もおらず、レコーディング・スタジオのような整った設備で録られているわけでもない。
だが当時のスプリングスティーンにとって、このアルバム作りはぜひとも必要だった。一種の救い、癒やしであったのかも、との感覚が映画を見ているうちに私の中でどんどん強まっていった。「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」も、後年とは異なるアレンジであるが、すでにこの時点で産声をあげていた(結果的に棚上げとなったが)。
もっとも「この宅録をほぼそのまま商品化する。このアルバムに関するライブは行わない」と告げられたスタッフは困惑したと思うが…。しかもアメリカでは1曲もシングルカットされなかった。だからラジオDJはアルバムから独自にお気に入りの曲、ファンからの人気の高い曲をかけて紹介した。

2025年には『ネブラスカ』の全曲をコンサートで披露
アルバム『ネブラスカ』の初動売り上げは決して華やかなものではなかったかもしれないが、ロングセラーを続け、『ネブラスカ』やスプリングスティーンをリスペクトする後進ミュージシャンたちによって、2000年にはトリビュートアルバムが製作され、2006年には全曲を演唱するライブも行われている。
そしてスプリングスティーン本人も2025年、『ネブラスカ』の全曲をコンサートで披露した。「ライブではやらない」という言葉を約45年ぶりに撤回したのだ。9月に発売された4CD+Blu-ray作品『ネブラスカ’82:エクスパンデッド・エディション』には、その模様も収録されている。
「物語を伝える曲は他にもたくさん書いたけれど、『ネブラスカ』のあの一束の曲には特別な何かがあり、ある種の魔法を持っているんだ」という、“ボス”の言葉を胸に、「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」を見に行くのも一興かもしれない。
◆文=原田和典
●「ブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンド:Road Diary」視聴ページ
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発売日: 2025/10/24































