
2025年という年は、長きにわたって日本映画界を照らし続けてきた偉大な女優たちを見送った一年だった。しかし悲壮感はない。彼女たちがスクリーンに刻み込んだ情熱や感動は、肉体がなくなったとしても決して消えることはないからだ。昭和、平成、令和と時代を駆け抜け、最後まで現役として、あるいは一人の人間として美しく生きた彼女たち。その豊かな人生と輝かしいフィルモグラフィーを、感謝とともに振り返っていきたい。
知性と品格――藤村志保
大映映画の清純派スターとしてデビューし、その気品ある佇まいで観客を魅了し続けた藤村志保。彼女の演技力が初期から完成されていたことは、代表作「破戒」を見れば明らかだ。
市川崑監督の緻密な映像美の中で彼女が演じた“お志保”は、薄幸でありながらも芯の強い、日本的な美の極致として評価されている。特に主人公に対する献身的な愛を控えめな視線や所作だけで表現しきった“静の演技”は、彼女の持つ透明感があってこそ成立したものだった。
彼女の人柄を語る上で欠かせないのが、旺盛な知的好奇心と社会活動への情熱。前述の「破戒」以外にも「太閤記」「眠狂四郎シリーズ」「怪談雪女郎」などの名作に出演を続けた藤村は、2011年に放送文化資源や資料の保存を目的として「日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム」に自身が出演した作品の台本576冊を寄贈した。
さらに女優として初めて放送番組向上委員会委員(現:放送倫理・番組向上機構[BPO])に就任してからは独自に臓器移植に関する取材を進め、著作「脳死をこえて」で第6回読売女性ヒューマン・ドキュメンタリー大賞を受賞する。自身も腎臓バンクに登録するなど、静かに、しかし芯を持って自らの道を切り拓く女性像を体現していた藤村。真のインテリジェンスを感じさせる女優だった。
削ぎ落とされた孤独な美――いしだあゆみ
歌手として「ブルー・ライト・ヨコハマ」などのヒットを飛ばしながら、女優としても唯一無二の地位を築いたいしだあゆみ。彼女の真骨頂は、都会の乾いた空気感を体現できる稀有な存在感にあった。
1992年の「マンハッタン・キス」は、彼女の女優としての評価を不動のものにした一本。バブル崩壊後の東京を舞台に不倫関係にある男女の揺れ動く心情を描いた同作で、彼女は都会に生きる女性の“強がりと孤独”をリアリティたっぷりに演じる。決して湿っぽくならず、どこか突き放したようなクールな演技がかえって切なさを際立たせる…と多くの映画ファンを唸らせたタイトルだ。
私生活においても、彼女は徹底した“個”の確立者だった。派手な生活を避けて目立たないように過ごし、“コンビニのイートインで人間観察をするのが楽しい”と打ち明けていたいしだ。60歳を過ぎた頃からは鎌倉にあった一軒家から1LDKのマンションに住み替え、コーヒーカップや皿は1つずつにしぼり、タンスなどを処分し、服やアクセサリーも身内に渡すなどして処分したという。インタビューで「大は無駄を兼ねる」という言葉を残しているところからも、いわゆる“ミニマリスト”な生活を送っていたことがわかる。
必要最低限の物だけで暮らしていたというストイックなエピソードは、もちろん奇抜な人物像を演出する狙いなどではないはずだ。晩年に差し掛かったことで雑念を削ぎ落とし、自身の感性を研ぎ澄ませるための彼女なりの流儀だったのだろう。生き方そのものを鋭利なアートのように磨き上げた彼女は、孤高の美学を貫いた表現者として記憶されることだろう。
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