「幸福を歌う喜び」へ キタニタツヤが音楽人生15年を経て辿り着いた境地/ツアー『Crepuscular』リポート

キタニタツヤが「One Man Hall Tour 2025 “Crepuscular”」を12月13日、東京ガーデンシアターで行った。公演の詳細を音楽ライター・清水素子氏がリポートする。
ツアータイトルは幻想的な光景を表す用語
『Crepuscular』とは日本語に訳すと“薄明光線”。曇り空の朝焼けや夕焼け時に、雲の切れ間や端から太陽の光が漏れ、太陽光線が放射状に降り注いで見える現象のことを指すという。時に“天使のはしご”とも呼ばれる、そんな幻想的な光景を表す用語をツアータイトルにつけた理由について、キタニタツヤはライブ中盤で次のように述べた。
「突然曇り空の向こうから光が射してきて、目の前に急に日だまりが現れたとき、その温かみを享受して“すごく良かったな”と思ったこととか。あるいは、誰かが突然差し伸べてくれた手を、自分は躊躇して取ることができなくて、あとでめちゃめちゃ後悔したこととか、人生の中に山ほどあるんです。なので、日だまりが目の前に現れたら――Crepuscularの光が射してきたら、その光を逃さず捉まえてほしいし、その光の中に躊躇わずに入っていくことを恐れないでほしい。そんなことを今日は言っていきたいなと思っています」。
2011年に音楽活動を始めて15年。「人生の半分を音楽を作りながら生きてきた」という彼が、そんなポジティブな境地へと至った道のりを追体験するような流れで、この日のライブは進んでいった。躍動感あふれる演奏を聞かせるサポートメンバーのシルエットを映し出す紗幕が左右に開いて、センターでギターを鳴らしながらキタニが歌い始めた1曲目は「ずうっといっしょ!」。胸躍るロックチューンが放つ音の洪水で一気に客席を沸騰させ、続く「聖者の行進」では4つ打ちのダンサブルなリズムでクラップの嵐を巻き起こしていくが、そこで歌われているのはドス黒い執着と絶望さえも超えた諦観だ。
以降、キタニが“僕の手を握っていてほしいんだ”と手を伸ばすと客席から一斉に腕があがった「I DO NOT LOVE YOU.」、スポットライトの中で“消えてしまえたら よかったのにな”と歌う「よろこびのうた」など、前半戦では“明るい”とは言い難い曲がズラリ。
その後のMCいわく「他者との人間関係が破綻し、失われて。その落ち込みから浮上するために拗ねてみたり、開き直ってみたり、“俺は1人でも生きていけるぞ”と思うようにして、普段の精神状態に戻っていく」という、彼が人生で繰り返してきた流れを音楽で描いていく。
中でも、重低音が疾走する新曲「F.A.C.E.」は“完全自律式独房型個人”という意味の造語を略したタイトルで「人間は1人で生きることができるし、そうできる人間が一番完成されていて美しいという、すごく偏った思想の表れみたいな音楽」と明かしてくれた。そんな孤独への逃避を図る楽曲が、時に人を救い、とんでもなく魅力的に映るのも事実である。
だが、一連の思いを語って「皆さん一人ひとりの日常生活に、何らかの陽の光が射すようなことを祈りながら、引き続き今日は演奏していきます」と伝えてからの後半戦では一転。「なくしもの」では紗幕に映るモノクロの街に光が射して色づき、ロックに駆け抜ける「私が明日死ぬなら」で生きていく尊さを“約束だよ”と訴えれば、間髪いれず続いた「青のすみか」ではクラップと大合唱が巻き起こる。

星灯りのような照明を背に“誰もが独りで生きてはゆけない”と歌い上げた「プラテネス」でも、マイクを向けた客席からは“沢山の世界をあなたと見たいよ”と歌声が返って、他者とつながる喜びをリアルに描き出していった。
「初めて自分の幸福だった時間だけに思いを馳せて作った歌」を披露
さらに「音楽を作るという営みは、自分の不幸せを吐き出すための手段だった」と話すキタニが「生まれて初めて自分の幸福だった時間だけに思いを馳せて作った歌」と披露したのが、7月にリリースしたばかりの「まなざしは光」。自分を真に理解する人間は存在しないと諦めていた彼が、いわく「魂の深い部分に寄り添ってくれるような人間」に出会えた衝撃と喜びを元に作った楽曲で、鍵盤音が躍る華やかなトラックに乗せて“きみ”への一途な思いを、切実なボーカルでつづっていく。曇り空が抜けるような青空へと変わっていく映像も実に感動的で、続く「ウィスパー」でも「最後、皆さん跳べますか?」というキタニの要望に応え、客席中がジャンプ! そうして場内に広がる熱と高揚感も、他者と繋がるからこそ生まれるものに違いない。
ライブ中「自分の精神が右往左往するにつれ、何かしらの形で音楽というフォーマットに自分の思いを落とし込んで、人に聴いてもらうっていう暮らしをずっとやってきた」と語ったキタニ。孤独を愛し、自身の不幸を音楽に落とし込んでいた彼は、そうして作られた楽曲を愛し、支持するリスナーが増える中で心の在り様を変化させ、必然的に生まれる音楽の幅も広がっていった。
その過程を己の曲で辿ることにより、光へと躊躇わず進むことを提示したツアー『Crepuscular』。締めくくりに「私もあなたも、これから曇り空の続く毎日をまた明日から送ることになるんでしょうけど、Crepuscularの光が明日射すのか10年後になるのか分かりませんけど、それまで曇り空の下、元気に生きていけるように、皆さんと一緒に歌いたい歌があるんですけど、歌えますか?」と贈った「次回予告」では、“いけ、たたかえ、まけないで!”と大合唱が湧き起こった。
たとえ次回も同じ日々がやってくるのだとしても、それが予定調和だったとしても、いつか射し込む光を信じて、その時が来たら決して逃さない。そんな気持ちで生きていけば、このループの日々も愛していけるという希望を、「ありがとう。また次回、会いましょう!」と約束を残して颯爽と去っていく彼の姿に見出すことのできた夜だった。
◆取材・文=清水素子

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