【テレビの開拓者たち / 蜜谷浩弥】ダウンタウン、桑田佳祐ら、天才たちから学んだ“ゼロからのもの作り”の精神
桑田佳祐さんが『俺、まだまだ売れたいんだよね』って。感動してしまいました
――では、これまで手掛けてこられたコント番組の中で、特に思い出深い番組は?
「真っ当なコント番組ではないんですけど、『環境野郎Dチーム』(2007年)は、かなり思い入れがありますね。伊吹吾郎さんをはじめ、団塊の世代の俳優さんが環境問題を論じ合うという、番組そのものが一本の長尺のコントのような構成で。毎回女性ゲストが登場して、そこで初めて伊吹さんたちのでたらめなやりとりを聞くんですけど、その素のリアクションも含めて笑いになっている。まじめな環境番組という体裁を取りながら実はふざけてるという、今で言うと『全力!脱力タイムズ』(フジ系)みたいな面白さを狙った番組ですね。当時は、コント番組にとって冬の時代だったので、上司に『環境番組をやります』とウソをついて始めました(笑)。ほとんど誰も知らないと思いますし、コントなのか何なのか分からないまま見ていた方も多いと思うんですけど(笑)、今でもバカリズムさんが『あれは面白かったですよね』と言ってくださる伝説の番組です(笑)。
で、この『環境野郎』でコントっぽいことをやったので、ちょっと違うタイプの番組をやりたいなと思ったタイミングで始まったのが、『桑田佳祐の音楽寅さん』。思い入れという意味では、今までやってきた中で、これが一番楽しくて、一番辛かった番組です(笑)」
――桑田佳祐さんの音楽的なアイデアがいっぱい詰まった画期的な番組でしたね。それだけに、苦労も多かったのでは?
「桑田さんはアーティストですから、もの作りのスタンスが我々とは違うんです。桑田さんは普段、1枚のアルバムを時には何年もかけて作っているわけですけど、僕らテレビマンは、週に1回必ずオンエアしないといけないという条件の中で番組を作っている。ところが桑田さんは、毎週放送する番組を作るのに、アルバム1枚分の情熱を注ぐ人なんです。細かなところにも徹底的にこだわり抜いて、ぎりぎりまで粘って、よりクオリティの高いものを目指す。収録の1週間前になっても何も企画が決まっていない、なんてこともよくありましたね。
そんな中で忘れられないのは、後にCDにもなった『声に出して歌いたい日本文学〈Medley〉』(※ベストアルバム『I LOVE YOU -now & forever-』などに収録)。ある日、会議の中で『太宰治の「人間失格」や夏目漱石の「吾輩は猫である」といった名作文学に曲をつける』というアイデアが出てきたんですけど、そのためには桑田さんに曲を書きおろしてもらわないといけない。それはさすがに時間的に難しいので、『童謡の歌詞の一部を変える』という代案を考えて、桑田さんにプレゼンしたんですね。そうしたら、桑田さんから『本当にこれが面白いと思ってる?』と言われて。あまりにも図星な質問だったので、思い切って『実は本当にやりたいのは、こっちなんです』と、『声に出して歌いたい日本文学』の企画を話したら、『よし、そっちにしよう』と。そして、数日後にレコーディングスタジオに行ったら、既にもう10曲ぐらいできていて、レコーディングも半分終わってたんですよ。しかも、当たり前ですけど、全部の曲がものすごいクオリティの高さで」
――鳥肌もののエピソードですね!
「後になって桑田さんに、なぜ毎回、自分にプレッシャーがかかるようなオファーを受けてくれたのか聞いたんですけど、『若いヤツに「これがやりたいです」と頼まれたら、「できない」って言いたくないんだよ』って。何てかっこいい人なんだろうと思いましたね。
そういえば、番組が始まる前に、一度聞いたことがあるんです。『桑田さんほどのアーティストが、どうして今さらバラエティー番組をやろうと思ったんですか?』って。そうしたら、『俺、まだまだ売れたいんだよね』っておっしゃったんですよ。おそらく、ご本人は覚えてらっしゃらないと思うんですけど、その言葉を聞いて、すごく感動してしまって。この人のために一生懸命やろうと覚悟を決めた瞬間でしたね」