<山崎ナオコーラ映画連載>第3回『ロング,ロングバケーション』【ザテレビジョン シネマ部】
山崎ナオコーラが映画をテーマに等身大でつづるエッセイ。第3回はヘレン・ミレンとドナルド・サザーランドという、英米の2大ベテラン俳優が共演したヒューマンドラマ『ロング,ロングバケーション』を観る。
第3回『ロング,ロングバケーション』
『ロング,ロングバケーション』は老夫婦の物語だ。
末期がんを患う妻のエラ(ヘレン・ミレン)と、アルツハイマー病が進行中の夫のジョン(ドナルド・サザーランド)の二人がキャンピングカーで移動していく。ジョンは元文学教師で、ヘミングウェイを敬愛している。だから、目指すはヘミングウェイの暮らした家があるフロリダキーズ。いわゆるロード・ムービーだ。
鑑賞前の私は、ほんわか系の物語を想像していた。というのは、日本で描かれる老夫婦像というのは、大概「かわいい系」だからだ。おばあさんとおじいさんが互いを思い合うようなシーンに接すると、若者は「かわいいー!」と声を上げる。あるいは、身体の老化によって生まれる不自由な世界や認知症によるボケをユーモラスに捉えてなごむか。「かわいい」あるいは「笑い」でしか、老人の物語を肯定的に捉えられないのが日本人なのかもしれない。私の心の底にも、「できたら、将来は、かわいいおばあさんになりたい」という思いが転がってしまっている気がする。
だが、始まってすぐに思った。
「いや、これは『かわいい系』の映画ではない。ピカレスク・ロマンだな」と。
よくよく考えればキャンピングカーというものは誰かが運転しなければならない。
そう、正確な年齢はわからないが70歳は超えていて、しかもアルツハイマー病を患うジョンが、ハンドルを握っているのだ。
今、日本では、運転免許証の自主返納が盛んに推奨されている。高齢ドライバーが起こす交通事故が多発して、大問題になっているのだ。