山崎ナオコーラ映画連載「映画マニアは、あきらめました!」第6回は天才アーティストの伝記「バスキア、10代最後のとき」<ザテレビジョンシネマ部>
これまで、私は、「作品だけを見るべき」という思いを抱いていて、アーティストの人柄や見た目を視野に入れるのは芸術鑑賞者として好ましい態度ではない、と考えてきたのだが、この映画を観て、「バスキアの場合は、自分自身も、住む街も、周囲の人との交流も、すべてアートの中にあるものだったんだな」と思った。
バスキアは、作品と自分を切り離さない。「自分たちのやっていることはすべてアートだ」と自信を持っていて、美術と他ジャンルの間に線を引かない。言葉も音楽もファッションもアートだ。
ガールフレンドと部屋に住むようになると、バスキアは毎日、壁だとか冷蔵庫だとかに絵や言葉を描く。詩も書く。
ジャンルを超えて交流し、組みたい人と組んで、新しい活動を始める。
「SAMO」というグラフィティアートのユニットを組み、路上で活動した。
「GRAY」というバンドを組んで、クラリネットを吹いた。
服にペイントをし、「マンメイド」というブランドも作った。
驚いたのは、「有名になりたい」と公言していたことだ。芸術家というものは、世間に対して野心を抱いたり、有名になりたいと言ったりしてはいけないと私は思っていた。しかし、バスキアは世に出ることを考えていた。大きく取り上げられることを想定して作品を作っていた。友人たちから「あいつは昔から、『有名になりたい』って言っていたよ」と評されるのは、普通に想像すると恥ずかしいことのように感じられるが、バスキアは頓着していなかった。「有名になりたい」とあちらこちらで平気でしゃべっていた。
そうして、バスキアは本当に少しずつ有名になっていき、キース・ヘリングやアンディ・ウォーホルとも交流を持つようになる。
アンディ・ウォーホルは、たまたま訪れたレストランでバスキアのポスト・カードを買ったという。それをバスキアは素直に喜び、仲を深めたようだ。
その後、バスキアはブレイクしていくわけだが、映画はその前で終わる。