アカデミー賞3部門受賞の話題作『グリーンブック』を人気作家山崎ナオコーラが語る「気持ちが少しだけわかる」
ドクター・シャーリーは、城のような家に住んでいても寂しい。「白人」ではないし、いわゆる「黒人」でもない、いわゆる「男」でもない自分は、誰とも差別の苦しみを分かち合えない、と嘆く。
この作品のハイライトで、ドクター・シャーリーはショパンを弾く。本当はクラシックを勉強してきたのだし、「黒人らしくジャズを弾く」のではないことをやりたい。自分だけのショパンが弾けるという自負がある。
だが、そのあと、即興でドラムやベースなどの演奏を始めた演奏者たちと共にジャズを弾くときも、やはりドクター・シャーリーはいきいきとしている。
世の中は複雑だ。差別も入り組んでいる。ただ、複雑だからこそ、手を繋げたときに喜びが湧くということもある。
クリスマスの華やかなシーンもある。日本にいるとあまりこういうシーンには出くわさないが、アメリカ映画ではよく見かける。家族だけでなくたくさんの人と繋がれるという日。わかりやすい、安直なラストかもしれないが、ぐっとくる。質屋が来て、そして……。
ドクター・シャーリーが孤独を吐露したときに、「寂しいときは勇気を出して、お兄さんに手紙を書いてみたら? 待っているのではなく、自分から動くんだ」という進言をしたトニー。そうだよなあ、と思いつつ、兄との和解だけだったら、孤独を癒してくれるのは家族だけ、しっかりと手を繋げるのは同じ人種同士でのみ、という結論になりはしまいか、と不安になった。
そう、勇気を出す相手は、何も家族でなくていいのだ。人種も経済力も性別も越えて、友情を築けるはずなのだ。
山崎ナオコーラ
作家。1978年生まれ。2004年にデビュー。著書に、小説『趣味で腹いっぱい』『リボンの男』、エッセイ『文豪お墓まいり記』『ブスの自信の持ち方』など。目標は「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。