“欲望”ではなく“安心”求める恋愛
それだけでも十分なところ、物語は「ムズキュン」という快楽を作り出した。
最初はあくまで雇用関係であったみくりと平匡が互いの価値観の違いをすり合わせていくうちに恋愛感情が芽生えてきて……。
このまま恋愛に進んでもやぶさかではないみくりに対して、プロの独身を貫いてきた平匡はどうも恋に不器用で。そのもどかしさを「ムズキュン」と呼んで、それがまた視聴者の心をくすぐった。
恋することでふたりがずっと鎧に覆ってきた心が露わになっていく。ふたりは意外と似たところがあり、それは、「自尊感情」によって他者とのコミュニケーションが苦手であるところだった。
ひとりが好きと言い張って来た平匡、かつて元カレに「小賢しい」と言われたことがずっと気にかかっているみくり。ふたりは互いの隠していた部分を認め合うことで、自分に自信が持てるようになっていく。こここそ人気のポイントだったように思う。
恋愛ドラマがヒットしないと言われ、医療もの、刑事ものが増えてきた時代、「逃げ恥」は恋のためには何もかも捨てる恋愛一筋ものではなく、主人公が妻という「仕事」をきっちりこなしたその先にある「恋愛」という生真面目さ。
しかもその「恋愛」が「欲望を満たす」という積極性よりも、ただお互いを認め合う「安心」のようなものであったことで見る人の間口を広げたといえるだろう。
みくりと平匡だけでなく、「逃げ恥」の登場人物は皆、それぞれ、恵まれているようで他者にはあえて語らない事情をもっている。
みくりの叔母・百合(ゆり/石田ゆり子)も平匡と近くて、仕事は充実しているが、性体験がないままアラフィフに。そして彼女の前に現れた17歳も年下の男・風見涼太(大谷亮平)に惹かれるが年齢差を考えて躊躇してしまう。
平匡の会社の上司・沼田頼綱(古田新太)はLGBTQではないかという素振りがあるが、自らそれを言わないし周囲も何も言わない。