宮本浩次、初のカバーアルバム発売「女性の曲を歌うことで、自分が解放される感覚がありました」<インタビュー>
最初の弾き語りのデモテープの歌唱を、どうしても超えられなかった
――今回のプロデューサーは、エレファントカシマシの2002年の名盤『ライフ』や、ソロデビュー配信曲「冬の花」でもタッグを組んだ小林武史さんですね。
「『おんな唄』と決めて、自分で録った弾き語りを20曲ぐらい聴いてもらおうと思って、小林さんのところにデモテープを持っていったの。一緒に聴いたら『いいね、いいね』ってなって、1週間後くらいに小林さんが打ち込みで10曲アレンジして、曲順まで決めて(笑)『宮本、できたぞ』って。曲順はそこからさらに練ったし、『First Love』(宇多田ヒカル)を最後に入れたりしたけれど、小林さんと二人三脚で、そうやってスタートしていきました。その後アレンジを詰めて、名越由貴夫さん(G)や、河村“カースケ”智康さん(Dr)、玉田豊夢くん(Dr)といった手練れのミュージシャンを小林さんが考えて、音を録っていった。もちろんレコーディング現場には全部行って、当初は出来上がった音に対して歌を入れようと考えていたけど、それが逆にすごく難しかったんです。最初の弾き語りのデモテープの歌唱を、どうしても超えられないの。結局、6曲はデモテープの歌唱を採用しました」
――「1日1曲」のときのデモテープの歌唱ですね。
「そう、『二人でお酒を』(梓みちよ)、『化粧』(中島みゆき)、『ロマンス』(岩崎宏美)、『木綿のハンカチーフ』(太田裕美)、『ジョニィへの伝言』(ペドロ&カプリシャス)、『白いパラソル』(松田聖子)がデモ歌唱。初回限定盤のボーナスCDには弾き語りデモを6曲収録していて、『二人でお酒を』はそっちにも入ってる。本番もボーナスCDも同じ歌唱です。通常は、いわゆる“仮歌”でレコーディングを進めて最後に歌を入れるけれど、今回は私のあのデモテープの歌が全ての基本になった。何度歌っても最初の弾き語りを超えることができなかった。緊張感のある状況で、作業場にこもって、自分の音楽のことだけにストイックに集中して歌っている歌だから。ソロツアーが全部中止になって、年内にアルバムを出せるかどうかも分からない、レコーディングさえできない状況で、ただただ一人で感激しながら歌っていた。商品化されるとも何とも思わずに。だから、ほんっとにピュアなんです、この歌」
――『化粧』すごかったです。
「いいよねぇ。中島みゆきさんって本当にすごくて、今回改めて聴いて衝撃を受けました。激情に任せて歌っているように見えて実は、非常に緻密に、クールに、自然に歌っているんですね。もう何度も聴いて、号泣しました。中島さんの歌をコピーする感覚で……最終的には、自分が歌の主人公になった。と思います。バス乗り場で、愛してもらうつもりでいた、バカだね、バカだね、バスが出るまで、涙こぼれないで……って一生懸命涙をこらえている主人公。あの彼女になりきって、歌っていると思います。なぜなら、それが本番とは思っていないから。宮本浩次が一人で作業場で、『化粧』とだけ向き合って、一生懸命カバーしてるわけだから。きっと共感したんだと思う。『バカだね私』っていう気持ちが分かるもん、俺。バスの中で悔し涙、流したくないもんね……。すごいかわいい。かわいくてしょうがない」
――『木綿のハンカチーフ』は9月に出た新曲のカップリング曲でもありました。
「『P.S. I love you』のカップリングのバージョンは歌いなおした歌唱で、アルバムに入ってる『木綿のハンカチーフ -ROMANCE mix-』はデモテープ。デモの弾き語りをしているときは、男と女の掛け合いに――男の気持ちが俺ものすごく分かっちゃって――涙を流しました。『The Covers』で作詞の松本隆さんにお会いしたときも、女性の方のエゴも表現されているっていう話をしたんだけど。太田裕美さんの可憐な歌声で歌われると、女性の味方をしちゃいたくなるけど、でも歌ってみるとね、掛け合いの中で男女のすれ違いの、それぞれのエゴが感じられてくる。だって男の子も切ないじゃない、一生懸命いきがって指輪を贈ろうとか考えてさ。すれ違っていく切なさが、歌ってみると分かって、俺本当に涙が止まらなかった。その切なさが出ているのはデモテープの歌唱の方だなと思って、アルバムバージョンでは戻したんです。もちろんシングルのカップリングの方も良いんだけど、デモの方は、素人というか、ただの歌大好き少年の歌唱なんです」
――『喝采』は、3年前に番組で披露した際も大きな反響がありました。
「2017年にエレファントカシマシで『喝采』を演奏したときの感激はすごかったです。今回、あれを超えられなくて、何十回も歌いました。非常に難しかったし、苦しかった。自分の歌が実は女の人の心情を歌うのに意外と適していると気付いた、当時の『喝采』の印象があまりに良すぎたから。でも、あれを超えようとするんじゃなくて、小林さんのアレンジに対して歌いなおすというふうに軌道修正したの。小林さんプロデュースのもとにおける歌唱です。ちあきなおみさんの『喝采』はもちろん別格。あのエレファントカシマシの『喝采』もすごかった。今回はまた違う、グッと泣ける『喝采』に仕上がっていると思う。『異邦人』も、小林さんのアレンジが秀逸だと思っていて、そのアレンジに対して歌いなおしています」
――平成の曲として唯一「First Love」が入っています。
「宇多田ヒカルさんの曲では、弾き語りで歌った中に『Automatic』はあったんですよ。当時街じゅうで流れていて、すごくインパクトがあったし、大好きな歌でした。あの頃ちょうど『今宵の月のように』が売れて、初めて一人旅で上海に行くという企画があって、成田空港でサンドイッチかなんか食べてるときにあの曲が流れてきたの。たった3泊4日の旅だったんだけれども、あぁ俺は今から日本を離れるんだ……ってグッときた思い出の曲。だから新しい曲を1曲入れるんだったら宇多田さんかなとは思っていた。スタッフからの提案で『First Love』に決めて、最後に自分で弾き語りでカバーして入れました。何度も歌って改めて分かったけど、すごく良い歌で、やっぱり泣けました。宇多田さんって本当に英語が堪能だから、英語のところが心配でしょうがないけど(笑)。ファンクで、リズムの取り方も難しかった。最初は原曲キーで歌って、だんだん下げていったら自分に近づいてきました。『ジョニィへの伝言』や『二人でお酒を』のような大人の女性とは違った、可憐な恋愛体験の明るい切なさっていうのかな。この曲を最後に入れられたのは、実は手ごたえがある。アルバムを引き締まったものにしたと思います」
――歌の主人公である女性たちに、共通点があるような。
「どの曲もすごく共感して、全て泣けてるんですが、“論理が破綻している”のが好きなんです。理屈じゃない感じっていうのが、すごくすてきだなって思う。例えば『二人でお酒を』で、別れるのに、またいつか2人でお酒を飲みましょうねって、強がってるところ。たぶんこの人、めちゃくちゃ孤独だよね。でも口では、一人きりは慣れてるから大丈夫、お酒飲みましょうって言う。あるいは『ロマンス』の、たとえ嵐でも、どんな遠くでも、あなたが好きだから飛んでいく!っていう気持ち。10代の女の子の妄想の、熱い思い。『ジョニィへの伝言』の“気がつけばさびしげな町ね この町は”って言いながら去っていくところも大好き。女の子みんなにこのセリフを言ってほしい。そのぐらい、すてきなセリフだと思うの。彼を2時間待ってたのにさあ、元気よく出ていったって伝えてね、って。そのいきがり方と、でも『さびしげな町ね』って言う前向きさ、思いの強さ。俺の母親もさあ、怒るともう、絶対矛盾というか、理屈じゃないんだよね。ケンカすると最後は必殺技で、『あんたなんか、私から生まれてきたんだから!』って言うの。ケンカしててそれはないだろう!みたいな(笑)。女の人の論理が破綻してるところは、生きているという感じがするし、その強がりがキュートに、女性らしく思える。でも自分自身が共感していますから、男性にもあるのかもしれない。一人の人間はいろんな顔を持っている。何か美しいこと、何かイイことを言わなきゃいけないみたいなことではない、普段は見えない人間のエゴ。そういうものに感動しちゃう。心が浄化されます」
宮本浩次 ユニバーサル シグマ 3000円+税(通常盤)
収録曲●あなた/異邦人/二人でお酒を/化粧/ロマンス/赤いスイートピー/木綿のハンカチーフ-ROMANCE mix-/喝采/ジョニィへの伝言/白いパラソル/恋人がサンタクロース/First Love(全12曲)
1970年代の歌謡曲を中心に選ばれた12曲。初回限定盤のボーナスCDには、「二人でお酒を」とアルバム未収録の「September」「思秋期」「私は泣いています」「あばよ」「翼をください」計6曲の「弾き語りデモat作業場」が収録されている。
みやもとひろじ=1966年6月12日生まれ、東京都出身。エレファントカシマシのボーカル&ギターとして88年デビュー。2018年に宮本浩次名義で椎名林檎、東京スカパラダイスオーケストラとのコラボレーションを経て、19年2月「冬の花」でソロデビュー。今年3月に1stアルバム『宮本、独歩。』を発売。
撮影=下林彩子/取材・文=滝本志野