物語とリンクする「ないしょダンス」
――田中監督は、歳を取った自分に自信をなくして、ステージに立って踊れなくなってしまったバージンさんの気持ちを、この物語の中でゆっくりと描いていらっしゃって。バージンさんがドラァグクイーンになったきっかけでもあったなっちゃんが亡くなってしまったことで、いろんな人と触れて、バージンさんが何を感じて、最後またドラァグクイーンとしてステージに立って踊れるのか…という、大きな課題をラストに持って来ていました。
そう。数日間を描いた物語なのに、本当に大切なことがたくさん詰め込まれているなって感じたというか。ラスト、バージンさんは踊るのか、踊らないのか、すごく気になるところやねんな。俺もめっちゃ気になってん。
――バージンを演じられた滝藤さんご自身も、そこはすごく気になったっておっしゃってましたもんね。
そう。監督は台本にそこをはっきりと描いていなかったからね。きっと見る人に委ねたかったんだろうなって思う。
――実際にそうだったみたいですね。滝藤さんもずっと気になっていたけど、「ないしょダンス」がエンディングで流れたとき、「あ、これでいいんだ!」って思ったっておっしゃっていて。その意味がすごく分かった気がしたんです。
うん。なんかね、すごいことやなって思ってん。主題歌って。改めてそう感じた。読後感っていうの? 最後に流れるから、めちゃくちゃ頭に残んねん。ましてやラスト、バージンさんがどういう気持ちになったのか、っていうハイライトシーンで流れるわけやからね。めっちゃ重要やん!って思ってん。だから正直、監督とか滝藤さんに「違うんだよなぁ、こういうんじゃないんだよなぁ」って思われてたらどうしよう!って思ってドキドキしたからね(笑)
――滝藤さんは映画が完成してからお聴きになられたそうですね。「『ないしょダンス』を聴いてから演じてたら、もっと違う熱量も入れてたかも」っておっしゃっていて、「ないしょダンス」が田中監督にとっても滝藤さんにとっても、「ひみつのなっちゃん。」にとっても、とても深く染み込んでいるんだなと感じました。
本当にうれしいことですよね。「ひみつのなっちゃん。」を見てくださった皆さんが、一歩を踏み出す勇気を持ってくれて、楽しかったって思って、元気になってくれたらうれしいです。ただただ楽しく見られる映画でもあるけど、2回目、3回目って見ると、きっといろいろと感じる部分が変わってくると思うから。本当に優しくてあったかくて、面白い映画だと思います。本当に改めて関われて良かったなって思ってます。
「ひみつのなっちゃん。」との出会いは「ほんまにすごいタイミング」
――渋谷さん、この映画のパンフレットにコメントを書かれてましたよね。メッセージの最後に「『ひみつのなっちゃん。』を観て、楽しかったなー、良い一日やったなーってなったら、最高に幸せな出来事やなって思います。って渋谷すばるが言ってた事は、『ないしょ』でお願いします」って。“ひみつ”と“ないしょ”をかけていて、そこはラストシーンのとても重要なシーンにもかかっていて。
あ、まぁ(笑)。
――説明するなよ!って思っていますよね(笑)。違うんです。そこに対して、田中監督が渋谷さんと対談をした後、Twitterで「渋谷すばるさんと、『ひみつのなっちゃん。』×『ないしょダンス』のお話をしました。それ以外も。ご縁があったら、なんかあったらよろしくお願いいたします」って書かれていたんです。「ご縁があったら、なんかあったら」って。
「ないしょダンス」の歌詞やん! 監督、なんかめっちゃうれしい!
――クリエーター同士のリスペクトを感じたんです。
めちゃくちゃうれしいです。本当に。
――そういうちょっと間接的につながってる感じって、なんかすごくうれしいですよね。直接ありがとうを言われるよりうれしいみたいな(笑)。
めっちゃ分かる(笑)。
なんか、出会いとかタイミングって本当にあるんやなって、いまさらながら思うところがすごくあって。出会いって偶然じゃなく奇跡やと思うねん。「ひみつのなっちゃん。」という映画との出会いも、ほんまにすごいタイミングやったんやと思っていて。自分にすごくリンクする内容だったことも、このタイミングやったんかもしれへんなって思うことが多かったというか。
人ってね、いろいろと頭で考え過ぎちゃってるときって、何も動けなくなってしまうんやと思うんです。とにかく、そのことばっかりに気を取られて、本当に大事なものとか、大事なこととか見えなくなってしまうというか。一生懸命なのに、ちゃんと見えてない感じっていうのかな。違うな、なんか、とにかく自分が思う方向にばっかり一生懸命になって、意固地になって、見ようとしていなかったのかもしれないなって思う。
自分が今、ソロとして活動して見えて来たことが本当にたくさんあるんです。「お前はいい歳していまさら何を言ってんの!?」って思われそうやけど、いろんな出会いがそんな自分を変えてくれた気がしていて。
去年のツアーから座組が変わったのもあって、すごく新鮮な環境で回れたんです。今のバンドメンバーとも初めて一緒にツアーを回ったんだけど、リハーサルのときに僕が持っていったセットリストを見て、「もっとこうした方が流れがいいと思う」とか「こういう動画アップしましょうよ!」とか、本当にいろいろと意見を言ってくれるんです。渋谷すばるのライブなんやけど、みんなで一つのライブを作っているみたいな感覚になれるんです。
そういうのって、本当に今までやってきたことなかったんです。だから、それがすごく新鮮だったし、そうやってみんなが意見を出してくれることがめちゃくちゃうれしかったんです。
――やはりどうしても“ソロ”という形態となると、バンドメンバーは意見を出しづらいというか、忠実に「渋谷すばるのやりたいことを形にしなくては」って思いますからね。
そう。それも本当にうれしいことやし、ありがたいし、すごいことやなって思うんです。そこに感謝もあるし。でも、僕としてはいろいろと言ってほしいんです。
僕自身15歳の頃から縁あってこういうエンターテインメントの世界に身を置かせてもらっているけど、純粋な音楽畑で活動して来たわけじゃないから、やっぱり自分はずっとバンドへの憧れがあるんですよね。子供の頃にTHE BLUE HEARTSの音楽に出会って衝撃を受けてから、ずっと音楽とバンドというものに憧れを抱いてきた人間だから、ずっと音楽畑一本でやってきているバンドメンバーのみんなには本当尊敬しかなくて。そんなみんなが一緒に渋谷すばるを作ってくれることが、本当にうれしいんですよね。
もちろん、今まで関わってくれた人たち全員に感謝していて。その人たちとの出会いがあったからこそ、今の自分もいるわけだから。ほんまに全部が巡り合わせなんやなって思ってる。
――楽しそうですもんね、現場。バンドメンバーも本当に現場が楽しいって言っていましたし。
そう。ほんまに楽しい。みんなが楽しそうにしてくれてるのが、めっちゃうれしいねん。
――大好きな人には笑っていてほしいですからね。
ほんまにそうやねんな。
――渋谷すばるを応援してくれているファンの人たちも、支えてくれているスタッフも、関わってくれている人たちも、みんな渋谷すばるの笑い声が何よりも好きなんだと思います。渋谷さんが、みんなに対してそう思っているのと同じように。
ほんまにそうやと思う。今回、田中監督との対談の中で、監督も「監督然とした態度ではなくて、みんなで一緒に作りたかった」っておっしゃっていて。それがすごく共感できたんですよね。本当の意味で作品を愛している人だなって思ったんです。
――全てにおいて信頼を置いているということですからね。より良くするために柔軟になれるって、すごいと思うんです。監督と渋谷さんのお話を聞いていて、ちゃんと軸となるこだわりは持っているからこそ、そこがブレることはないという絶対的な自信と、その全てを任せられるくらい素晴らしい仲間だったんだなと、改めて感じさせられました。渋谷さんが監督の言葉に深く共感していらしたことに対しても、今の音楽制作環境が全く同じ感覚なんだろうなと。
本当にそう。滝藤さんも本当にこの映画を愛しているんだなって思ったし、自分の役をすごく大切に思っているんだな、監督のやりたいこと、描きたいことを深く理解して、「ならばこうしたらどうだろう?」って、俳優人生で培って来た感性と、“役者・滝藤賢一”だからこその個性で、監督が思い描いた以上のバージンさんを全力で演じられていたと感じたし。ほんまにすてきやなって思ったんです。
今まで、こんなふうに映画と向き合ったことがなかったから、本当にそれぞれの立場の想いを知ることができて、新鮮だったし、いろいろと勉強になったんです。
――自分がこの映画の中の登場人物として、役者として演じて関わっていたら、またきっと違った感覚を持っていたかもしれないですよね。アーティストとして、主題歌を担当するという立場だったからこそ、いろんな角度でいろんな人の気持ちを受け止められたのかもですね。
ほんまにそうやなって思いますね。人って、その人の立場にならないと分からなかったり、実際に経験してみないと分からないことって本当にあるなって改めて思います。監督にとっての映画と僕にとっての音楽は、同じ対象なのかもしれないなって思います。
「ひみつのなっちゃん。」は、本当にいろんな思いが詰め込まれている映画だと思うので、みんながそこに込めた思いが、最後に流れる「ないしょダンス」を通して、より深く見てくださった皆さんに伝わってくれたらうれしいなと思っています。
◆取材・文:武市尚子、ヘアメーク:矢内浩美