不世出の天才レスラー、武藤敬司の引退が迫ってきた。
アラフィフの筆者にとって、武藤は非常に思い入れの深いプロレスラーだ。最初のヒーローは初代タイガーマスクだった。次いで、『プロレス スーパースター列伝』の影響もあってアントニオ猪木に惹かれるが、中学生になる頃にはプロレス自体の興味がだいぶ薄れてしまっていた。
そんな筆者を再びプロレスにのめり込ませたのが、91年の武藤vs蝶野正洋。第1回「G1クライマックス」の優勝決定戦だ。キレのありすぎる空中殺法や、ダイナミックなスープレックス。そして、何よりかっこいい!まさにタイガーマスク以来の衝撃で、テレビに釘付けだった。
武藤が常に思っているのは、「より多くの人にプロレスを紹介していきたい」ことだという。筆者も同意見だ。だからこそ、より多くの人に知ってもらうべく、武藤の歩みを振り返りつつ、プロレス界に残した偉業の数々を紹介していこう。
武藤敬司の「ニンジャ」修行
武藤が代理人を務める“悪の化身”「グレート・ムタ」。武藤自身もデビュー1年目、最初の修行の地のフロリダでは忍者風の黒頭巾に空手パンツ姿の「ホワイトニンジャ」を名乗った。武藤は黒タイツ&黒シューズの新日本スタイルを貫くつもりだったが、この当時の日本人レスラーのセオリーとして「神秘の東洋人」をキャラ付けされたのである。
その後、「ザ・ニンジャ」に改名。すでにムーンサルトプレスを始め、華麗な空中殺法で魅せる武藤は忍者映画ブームもあって、忍者キャラにピッタリはまったと思われる。
“スペース・ローンウルフ”としての過去も
日本に一時帰国すると、“スペース・ローンウルフ”というニックネームで、シルバーのジャンパー&ヘルメット、ブルーのロングタイツというド派手なアイドルレスラーとして売り出されるが、当時はシビアな格闘技志向のUWFが猛威を振るっていた時代。残念ながらファンの支持は芳しくなかった…。海外志向の強い武藤。今度はプエルトリコに渡り、入場時には忍者マスク、ペイント姿の「ブラック・ニンジャ」に変身する。
さらに「スーパー・ニンジャ」に改名し、そこからテキサスに行き、「スーパー・ブラック・ニンジャ」としてトップグループの仲間入りを果たす。
2月21日(火)昼4:00~、ABEMA PPV ONLINE LIVEにて独占生中継
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