“モデルチェンジ”でリボーン…スキンヘッドになってむしろパワーアップ?
ここまでは80年代の出来事。以降の武藤は、何度もキャラクターをモデルチェンジ。そして、それによりレスラー寿命を延ばしつつ、常にマット界の最前線に立ち続けてきたのである。
日本に戻ってからの90年代、デビュー当初からのフィニッシュムーブ、ムーンサルトプレスは、95年の伝説の高田延彦戦を機に足四の字固めに比重がシフト。ファイトスタイルもより緻密な組み立てに進化していく。
これにより、膝の負担が軽減し、その後のレスラー寿命を確実に伸ばすことになったのだから、この世紀の一戦で得たものは本当に大きかった。さらに、高田を葬ったドラゴンスクリューから4の字固めへの連続技はマット界の一大ムーブメントに。クラシックなプロレス技を説得力のある必殺技に再生させた功績も大きいのだ。
97年には一世を風靡したnWoジャパンに加入。同時に、黒のロングタイツ姿に変身。髭もたくわえ、甘いマスクからワイルドな風貌にイメチェンをしている。後のトレードマークとなる髭を伸ばしたのはわずかな期間だったが、後ろ髪長めのヘアスタイルをキープし、“ナチュラル・ボーン・マスター” “I AM BOSS”と、ニックネームも変化。持ち前のセルフプロデュース能力をさらに発揮していく。
さらに、2000年の大晦日、大阪ドームにおける猪木の名を冠した格闘技イベント「INOKI BOM-BA-YE2000」で、現在に続くスキンヘッド姿に変身!この日、久しぶりにプロレスに復帰した高田とのドリームタッグが大会の目玉だったが、武藤のスキンヘッド初披露がすべてを持っていく形になるほどのインパクトだった。その後、再び髭を伸ばし始め、現在に続くビジュアルを確立している。
ニックネームも“クロス・ウィザーズ(天才を超越した魔術師)”に進化し、必殺技も偶然生まれた変形の飛び膝蹴り(相手の立ち膝をステップにして放つ)、「シャイニング・ウィザード」にチェンジ。コーナーへの串刺し式やレフェリーを踏み台にするなど、様々なバリエーションがアドリブ的に生み出され、再びマット界で大流行する技となった。使い手は現在も増える一方で、その影響力は絶大だ。
その後、新団体WRESTLE-1を旗揚げ、プロレスリング・ノアに入団と団体を渡り歩くが、ポジションは常にメインイベンター待遇。そして、すべての団体でベルトを奪取。この30年間のプロレス界は、武藤を中心に回っていたといっても過言ではないだろう。
2月21日(火)昼4:00~、ABEMA PPV ONLINE LIVEにて独占生中継
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