コミックの映像化や、ドラマのコミカライズなどが多い今、エンタメ好きとしてチェックしておきたいホットなマンガ情報をお届けする「ザテレビジョン マンガ部」。今回は鍋倉夫さんの『路傍のフジイ』をピックアップ。
ビッグコミックスピリッツ(小学館)で連載されている本作は、一見冴えない会社員・藤井とその周囲の人々の物語を描く。10月31日に作者がX(旧Twitter)に第1話を投稿したところ、8000以上の「いいね」が寄せられるとともに“他人の価値観にとらわれない”藤井の生き方が「格好いい!」「憧れる」と読者から反響を呼んだ。この記事では作者・鍋倉夫さんにインタビューを行い、創作の背景やこだわりについてを語ってもらった。
私生活が謎に包まれた男・藤井 “幸せ”の概念を覆す生き方に「憧れる」読者が続出
独身で彼女なし、会社員として働く田中は休日に友人の結婚式に出席した帰り、知人たちとの身の上話を含め「目に映るものすべてがつまらない」と感じていた。
次の日、田中がいつものように出社すると冴えない同僚・藤井が目に留まる。藤井は40過ぎで非正規社員の独身男。仕事は真面目にそつなくこなすも無駄口は少なく、何を考えているかわからない。目立たないため職場の飲みにはそもそも声がかからず、聞けば結婚式にも招かれたことがないという。そんな藤井を側から見て、田中は内心「10年後ああはなりたくない…」と思っていた。
週末、田中はふとしたきっかけで自宅近くを通りかかる藤井を偶然見かけ、思わず後をつける。一人で公園を散策し、街の学習施設に立ち寄り見知らぬ親子に混じって見学した後、商店街でケーキを品定めする藤井。一通りつけ回して「ムダな休日を過ごしてしまった」と帰ろうとする田中だったが、店の前で歩行者同士の喧嘩が始まり、止めに入った藤井が巻き添えに合って殴られてしまう。
見かねた田中が声をかけると、近所だという藤井の自宅に招かれる。今日が誕生日だと明かし、崩れたケーキを一人無言で食べる藤井の姿に「むなしくないのかよ…」と感じる田中。そんな中、ふと見渡すと部屋には藤井による自作の絵や自分で焼いたお皿など趣味の物が溢れていることに気づく。
どれも決して上手くはないが好きなものに囲まれて生きる藤井に、田中は皮肉も込めて「人生楽しそうですね」と言う。しかし藤井は素直に「はい。楽しいです。」と答えるのだった。その後も彼のことを知っていくうちに、田中はある“気づき”を得て…。
つい私たちがとらわれがちな幸せの概念を覆し、自分本意に生きる藤井の姿に“自分にとっての幸せとは何か”を思わず考えさせられる本作。X(旧Twitter)上では「めちゃくちゃ良い!」「心を揺さぶられる」「藤井さんの在り方に憧れる」「格好いい!」「理想的すぎる」「人の心の豊かさというのは、肩書きや外見や友達の多さで他人が測れるものではないんだなぁ」「人生の教科書になり得る」「もうフジイの虜」など読者から多くの声が寄せられ話題となっている。
“こんな人がいたらいいな”から生まれた藤井 作者・鍋倉夫さんが語る創作背景とこだわり
――『路傍のフジイ』を描き始めたきっかけや理由があれば教えてください。
最初は音楽マンガの連載ネームを描いていたのですがそれが中々うまくいかず時間だけが過ぎていき……一度ゼロにして違うマンガを描いてみようと作ったのが『路傍のフジイ』のネームでした。
なるべく色んな考え方を持った多様なキャラクターを描きたいという気持ちがあり、一話完結で毎回違うキャラクターが出てきて主人公と絡んでエピソードが生まれるような漫画が描ければなと思い始めました。
――職場では目立たず仲の良い友人もいない、それでも自分自身にとって“幸せ”に生きる中年男性・藤井のキャラクターはどのようにして生み出されたのでしょうか?
藤井の性格や生き方などはこんな人がいたらいいな、という単純なところから発想しました。来るものは拒まず去るものは追わず。あるがままを受け入れる。協調はするが安易な同調はしない。……など言うのは簡単ですが体現するのは難しい。
特殊能力を持ったスーパーヒーローの様に分かりやすくはないですが、作中で一番フィクションに近いキャラクターかなと思います。
ルックスは最初は優しくていかにもいい人そうなデザインだったんですが、あまりしっくり来なくて今の三白眼で黒目に光のないデザインにしたらもの凄くハマったので今のキャラデザに決定しました。
――本作の第1話をX(旧Twitter)に投稿後、読者から「心に響く」「藤井さんの生き方に憧れる」などの声が多く寄せられ話題となっています。今回の反響について、鍋倉夫さんの率直なご感想をお聞かせ下さい。
パッと見地味なマンガなのでもしかしたら誰にも刺さらないのでは、とビクビクしていたのですが反響がいただけて嬉しかったです。
意外とみんな同じような息苦しさや生きづらさを抱えているのかなと感じました。
――読者にとって藤井をより身近に、かつリアルな存在に感じられる描写が興味深く、とても印象的でした。本作の作画においてこだわっている点や「ここを見てほしい」というポイントがありましたら教えて下さい。
なるべく実在感を持って藤井を描けるように背景や小物などはなるべくデフォルメを効かせずリアルに描くようにしています。登場する場所も実在の場所を参考にすることが多いです。
あと作画とは違う部分なのですが藤井の内面を描かない、藤井を聖人にしない、高みに置かないようには気をつけています。
――鍋倉夫さんにとって本作の中で特に思い入れのあるシーンやセリフはありますか?
1話目の藤井の家で田中と藤井が二人になるシーンですかね。あそこのシーンに藤井というキャラクターやテーマが詰まってると思うので。あと6話目の鳥を捕まえる話が好きです。
相馬という女性キャラクターは藤井と似てるんですが似たもの同士でも話が作れるんだというのが描いてて嬉しかったです。
――最後に作品を楽しみにしている読者やファンの方へメッセージをお願いします。
読んでくださってありがとうございます。この派手さやケレン味のないマンガを読んでくださって本当に本当にありがとうございます。
それ以外の言葉はないくらい感謝の気持ちでいっぱいです。これからも一所懸命描いていきますのでよろしくお願いします!