長崎に原爆が落とされてから3年後、亡くなったはずの息子が母親の前に姿を現す――。『父と暮せば』『木の上の軍隊』に続くこまつ座〈戦後“命”の三部作〉の最後の作品として、井上ひさし原案の物語を畑澤聖悟が戯曲化した『母と暮せば』。この舞台の2018年版、2021年版、2024年版が12月29日(日)にCS衛星劇場にて一挙放送される。放送を記念して、2018年の初演から親子を演じる富田靖子と松下洸平に作品への思いを聞いた。
3年前の心境を語る「実際の長崎で上演するということが、当時はとても怖かった(富田)」
――『母と暮せば』は2018年に初演され、2021年に再演、そして3年を経た2024年に三たび上演するという形になりました。再々演が決まったときはどのようなお気持ちでしたか?
富田 最初に連絡を受けたのは前回の長崎公演のときでした。でも、その公演は「明日みんなで頑張るぞ!」という前日に、コロナ禍の影響で中止になってしまって。それから数時間後に演出の栗山民也さんから、「再々演、絶対にやるよ!」という直筆のメッセージをいただいたんです。
松下 前回のそうした悔しさがあっただけに、またやれることが決まって本当に嬉しかったです。それに、3年前には回りきれなかった場所でも今回は公演ができたので、喜びもより大きかったです。この『母と暮せば』は栗山さんがとても大切にしていらっしゃる作品ですし、僕ら演者も、やり続けるべき作品だと思っています。それに、何よりも長崎に住む皆さんが心待ちにしてくださっているのをこの3年間ずっと感じていたので、気を引き締め臨まないといけないぞという気持ちにもなりました。
富田 ただ、私に関していえば、3年前に長崎公演ができなくなったとき、ちょっとだけホッとしてしまった自分がいたんです。もちろん、絶対によくない考えだと分かっています。でも、長崎に原爆が投下されて3年後の親子の物語を描いたこの作品を、実際の長崎で上演するということが、当時はとても怖くて。“はたして自分は皆さんの前でお芝居を見せられる域に達しているのだろうか”とか、“(台詞の)方言は間違っていないだろうか”とか、そうしたことが頭の中でぐるぐるとしていたんですね。けれども、栗山さんから「絶対にまた長崎でやるから」という力強いメッセージをいただき、そんなことを考えていた自分が恥ずかしくなって。同時に、“よし、頑張ろう”と強く思ったのを覚えています。
お芝居でのこだわりについて、「いい意味でお客様の存在を感じないようにしている(松下)」
――今回の再々演に向けて、演出面での変化はありましたでしょうか? 3年前の再演のときにおふたりにインタビューをさせていただいた際は、栗山さんが母と子の距離感や会話によりリアリティを持たせるようになったとお話しをされていました。
富田 今回はそのこだわりがより一層、強くなったなと感じました。「家の中なんだから、そんなに大きな声は出さないでしょ」って言われたり(笑)。
松下 そうでしたね。“これ、客席に声が届くのかな……”って不安になるときもありました(笑)。でも、栗山さんが大事にしているのは、そうした日常的な風景なんだと思います。何よりも、“母の伸子と息子である浩二がそこにいる”ということをお客様に届けたいと思っている。だから、僕たちも、いい意味でお客様の存在を感じないようにしているんです。目の前にあるのは客席ではなく、家の庭であり、その向こうには長崎湾が広がっているんだと常に想像していて。そうすることによって、反対にお客様たちのほうが僕たちの世界に入ってきてくれるし、親子の暮らしを覗き見しているような感覚になってもらえる。だからこそ、当時の様子をより濃くお伝えすることができて、観ていただいた皆さんの心や記憶に残るようなお芝居になったのではないかと思います。
富田 ただ、そうした親子の姿を自然と表現できるようになるまでに、私はすごく時間がかかりました。初演のときは本当にただ、あわあわしていましたので(苦笑)。
――この『母と暮せば』は富田さんにとっては初めての二人芝居でしたよね。
富田 はい。最初はお声を掛けてもらってすごく嬉しかったんです。でも、台本が届いて、台詞の量に驚いて。栗山さんには言えなかったのですが、演出助手の方に「これは人が覚えられる量ですか?」って聞いたほどでした。
松下 そうなんですか!?(笑)
富田 そしたら、「覚えられます」とさっぱりと言われて(笑)。同時に、「そうは言っても、二人芝居はいちばん難しいですよね」ともおっしゃられたので、“えっ、うそ!? それは早く言ってくれなきゃ困るよ!”と思いながら稽古をしていました(笑)。
松下 確かに台詞量は多いですよね。だけど、こうして100回以上も本番を重ねてきたこともあり、今はその膨大な台詞が100%どころか、150%ぐらい体に染み付いている。それってすごくいいことだなと思うんです。“次の台詞はなんだっけ?”と考える必要もなく、勝手に口から出てきますから。それに、本番中に頭で台詞を考えなくていいので、その分、母親の気持ちも慮れるようになるんです。靖子さんの台詞を聞きながら、“今、母さんはどんな気持ちで僕(浩二)に話しかけているんだろう”とか。舞台ってどれだけ稽古を重ねても、どうしても本番で緊張してしまうものですが、この作品ではそんなことを一切考えずに物語の中に入っていける。それができるのは、本当に幸せなことだなと思います。
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