アジアでもいち早く同性婚が合法化された台湾では、LGBTQをはじめとする多様な愛のかたちや、アイデンティティを題材にした映像作品が多く発表されてきた。こうした作品の数々は、エンタメとして人々を魅了するだけでなく、社会の偏見をなくす意味でも大きな役割を担ってきたと言えるだろう。
この記事では、ジェンダーに縛られない普遍の愛や自己表現、家族のあり方などについても考えさせられる台湾映画を3本紹介する。多様性を歓迎し、セクシュアルマイノリティの権利を尊重する現代の台湾をつくってきた名作たちーー。いずれも Netflixなどの動画配信サイトで気軽に視聴できるので、ぜひチェックしてみてほしい。
愛人と妻、息子が模索する愛のかたち『先に愛した人』
2018年に台湾で公開された映画『先に愛した人(原題:誰先愛上他的)』は、家族の元を去った父親が亡くなったことをきっかけに始まる、家族と愛人という ”遺された者たち” の物語だ。
ガンで亡くなった父親の保険金が、妻のサンリエンや一人息子のチェンシーではなく、生前の恋人である若い男性・ジエのもとに渡ることを知ったサンリエンは大激怒。自分の父親がゲイであることをはじめ、さまざまな事実を一度に突きつけられた思春期真っ只中のチェンシーも、戸惑いを隠せない。
一方で、恋人の闘病を誠心誠意で支えてきたジエは、心の整理もつかないままに、突然やってきたサンリエンに ”変態” と強く罵られる。チェンシーは、ヒステリックな母親と自由気ままな性格のジエとの間に挟まれながらも、みんなにとっての幸せを模索しようとする……。
誰に感情移入するかで見え方がまるで変わるのが、この作品の魅力だ。誰も悪くない、 ”誰が先に愛したか” なんて本当は関係ないーー。頭ではそう理解しながらも、誰かのせいにすることでしか感情をコントロールできない3人。複雑な感情が交錯する中で、3人それぞれが自分の人生と向き合い、成長していく姿が感動的に描かれている。鑑賞後はきっと「愛とはなにか」と考えさせられるだろう。
本作は台湾のアカデミー賞ともいわれる「金馬奨」で、主演女優賞、編集賞、オリジナル映画歌曲賞の3部門を制した。サンリエン役を演じたシエ・インシュエン(謝盈萱)は、初めての主演女優賞を受賞。舞台出身である彼女の鬼気迫る演技は、一度観たらきっと忘れられないはず。
シリアスなテーマではあるが、物語は息子のチェンシーの視点でテンポ良く展開されるので、ぜひ気構えずに再生ボタンを押してほしい。クスッと笑えるシーンも多く、映像の一部でアニメーションが使われていたりポップな色のコントラストが印象的だったりと、いまどきでおしゃれな演出が散りばめられていることも見逃せない一作だ。
2人の少年が織りなす、切ない友情と恋『君の心に刻んだ名前』
次に紹介するのは、2020年に公開された際、台湾のLGBTQ映画史上トップの興行収入を記録した『君の心に刻んだ名前(原題:刻在你心底的名字)』だ。1990年代の戒厳令解除直後の台湾を舞台に、2人の少年が織りなす切なくも美しい恋と成長を描いている。
厳格なカトリックの寄宿学校で生活している高校生のジアハンの前に現れた、転校生のバーディ。自由奔放で明るい性格のバーディに惹かれるジアハンは、彼と特別な友情を育んでいくが、それが単なる友情ではないことに徐々に気がつく。友情と恋心の狭間で揺れ動く二人は複雑な感情を抱きながらも葛藤し、誰かを傷つけることなく生きられる道を探そうと模索する。
物語の重要な要素は、90年代という時代背景にある。多様性を歓迎する現在の台湾とは違って、当時の社会は偏見に満ちていた。同性愛がタブーとされていたこの時代、命を削るような想いで一人の人を愛しながらも、その気持ちを押し殺すしかない姿に、見ていて胸が締め付けられる。また戒厳令が解除された直後の描写も印象的で、当時の厳しい寄宿学校での生活や、蒋経国総統の追悼式に参加する場面など、歴史背景もリアルに描かれている。
またこの作品は、台湾の人気シンガーソングライターのクラウド・ルーが歌う主題歌「刻在我心底的名字(Your Name Engraved Herein)」なしでは語れない。叶うことのない恋心を抱く主人公の心情をそのまま表しているような歌詞だが、映画のタイトルが「刻在你心底的名字(君の心に刻んだ名前)」であるのに対して、この曲のタイトルは「刻在我心底的名字(私の心に刻んだ名前)」。
まるで映画に呼応するアンサーソングのようにも感じるひねりがたまらない。この曲は、2020年の金馬奨で最優秀オリジナル楽曲賞に輝いた。
青春のもどかしさや、自分の気持ちを分かっていながらも抗うしかない胸の苦しさを丁寧に描いた名作。主人公の二人を演じた、陳昊森(エドワード・チェン)と曽敬驊(ツェン・ジンホア)の瑞々しく繊細な演技にもきっと魅了されるだろう。
タイでのリメイク版も制作決定!『僕と幽霊が家族になった件』
最後に紹介するのは、日本をはじめとするアジア全域でも大ヒットを巻き起こしたコメディ映画『僕と幽霊が家族になった件(原題:關於我和鬼變成家人的那件事)』だ。
台湾の一部地域で行われる、亡くなった人を偲んで行われる結婚の儀式「冥婚(めいこん)」を題材にしたストーリーは、コメディの要素をふんだんに取り入れながらも、サスペンスやファンタジー的な展開も盛り込み、笑って泣けるヒューマンドラマとしてSNSで大いにバズった。
仕事熱心で正義感の強い警察官のミンハンは、謎の祝儀袋を拾ったことから、不慮の事故で命を落としたゲイの青年・マオマオの結婚相手に選ばれてしまう。突然の夫となった幽霊のマオマオの存在に悩まされつつも、彼の死の裏側に凶悪事件が潜んでいることを察知し、二人は協力して捜査を行うことに。
最初は同性愛に偏見を抱いていた異性愛者のミンハンだったが、マオマオの愛らしい性格や彼を取り巻く人間関係に触れ、次第に心の距離を縮めていく。
本作のみどころは、なんといっても、今をときめく台湾のスター俳優たちが総出演していること。主役のミンハンを演じたのは、2024年に日本公開された日台合作映画『青春18×2 君へと続く道』で主演を務めた許光漢(グレッグ・ハン)。
キュートさ全開のマオマオを演じたのは、現在日本で公開中の台湾映画『本日公休』に出演する林柏宏(リン・ボーホン)。さらにミンハンの同僚として出演した王净(ワン・ジン)は『返校 言葉が消えた日』や『赤い糸 輪廻のひみつ』など、いま映画やドラマに引っ張りだこの若手女優だ。
金馬奨で最優秀脚本賞を受賞するなど、大きな評価を得たこの映画。その人気ぶりはとどまることを知らず、2024年からはNetflixで「正港署(原題: 正港分局)」としてスピンオフドラマが制作された。さらにタイでのリメイク版の制作も決定するなど、今後もますます旋風を巻き起こしそうだ。
文/田中 伶
講談社
発売日: 2024/05/02