“悪の裏側”が描かれた第9話(以下、ネタバレが含まれます)
「彼は私にとって永遠の正義のヒーローなんだ」。第9話では“悪の裏側”が描かれていたように思う。荒波は、大宜津比売神であった大月比呂佳(田山由起)と小・中学校が一緒だった。荒波自身は「彼女のことはたまたまだ。もう何十年も会ってなかった」と言っていたが、どこか彼女に今も特別な思いがあるような雰囲気が漂っていた。第9話ではそんな荒波と大月の関係が思い出話として登場する。
ヒルコ捜査の協力を仰ぐために荒波を全決に招いた興玉。だが、荒波は「警察は信用できないんじゃなかったのか?」と疑問を口にする。興玉は「えぇ。ですが、荒波警部には一目置いています。大月比呂佳さんが言っていたからです。『あなたは信用できる』『一緒にヒルコを捕まえてね』と」と告げるのだった。そして、なぜ荒波は信頼できるのか、大月から聞いたその理由を語りだす。
それは大月と荒波が小学5年生の時のこと。クラスの給食費が紛失する事件があり、集金した給食委員の大月が疑われたという。大月は必死に否定したが、彼女の家は林間学校に行くお金も出せないほど貧しかったこともあり、生徒たちだけでなく担任の教師までクラス中が彼女を疑ったのだとか。そんな時、荒波だけが声をあげた。「大月はやってないと言ってるのになぜ信じてあげないんですか?大月は嘘を吐くような奴じゃありません」。とても勇気がいったことだろう。
興玉は続ける。「大月さん言ってました。『彼は私にとって永遠の正義のヒーローなんだ』と」。最後までそれを聞いた荒波は何とも言えない表情でこう言うのだった。「そんなんじゃねぇよ。あの時、給食費を盗んだのは…俺だ」。この荒波の言葉で美談がひっくり返った。一人だけ彼女を信じて声をあげた勇敢な“ヒーロー”から、彼が給食費を盗んだ張本人の“悪”に。
そして荒波はこう付け加えるのだ。「大月に金を渡せば、林間学校に来てくれると思った。バカなクソガキだ」。この一言でまた“ただの悪”が“無知ゆえの純粋な愛からきた悪”に変化する。このエピソードから分かるのは、悪と正義の境界線の曖昧さ。そして視野の狭さ(無知)と優しさ(愛)が混ざることによって生まれたものの不安定さだ。
第9話では「ヒルコはどこにでもいます。あなたの中にも」というセリフが登場する。ヒルコとは、悪の裏側なのかもしれない。物事は平面だけ見れば悪(もしくは正義)だが、実はその裏側にはどこまでも続く奥行きがあって、見る方向によってそれは悪にも正義にもその中間地点にもなる。その奥行きに気付かない視野の狭い(無知な)人ほど、罪を犯す。それに耐えられないヒルコは「修理固成」を掲げた。
そしてまた一片だけの事実を盲信した者たちがヒルコ信者となり、そんな誰かにとっては永遠の正義のヒーローであるヒルコもまた誰かにとっては永遠の仇にもなるのだから、皮肉だ。ヒルコ自身もまた視野の狭さ(人間の地獄の部分しか見ない目)と優しさ(正義感)が不安定に変形したことで、“ヒルコ”となったのだろう。
第9話の地上波放送を前に、FODでの先行配信を観た視聴者たちからSNS上で「第9話先行配信観ちゃったら最終回が待ちきれなくなった!」「二週間待てなくてFOD入って観てしまった…」「全決9話マジでやばい…何このドラマ…!?」などの声が上がり、話題となっている。
構成・文=戸塚安友奈
エイベックス・ピクチャーズ