山崎ナオコーラ映画連載「映画マニアはあきらめました」 第5回は吉田羊主演の「ハナレイ・ベイ」 <ザテレビジョンシネマ部>
これが、「チェアリング」という行動に私には見えた。サチは多くを語らないし、表情も変えない。でも、ひたすら海の側にいる。太陽が動いたら、日なたから日陰に椅子を移動させて暑さをしのぎ、とにかく海の側にいる。それは、喪失感のなせるわざだ。息子に想いをはせたくて、あるいは、グリーフ・ケアを自分でしたくて、しないではいられないのに違いない。また、あの警官からの呪いのような言葉を必死で受け止めようともしているのだろう。自然災害で亡くなるというのはどういうことなのか。自分は島を受け入れられるのか。
この映画の原作は村上春樹の「東京奇譚集」に収められた短編小説「ハナレイ・ベイ」だ。全体としては、村上春樹には珍しく中年の女性が主人公だったり、美しいリゾートが舞台だったりして、「村上春樹っぽさ」をあまり感じられないが、戦争と絡めて自然災害を捉える視点にはやっぱり村上春樹節がある。
毎年、ハナレイ・ベイで「チェアリング」をしてきて10年目、サチは、日本人サーファー、高橋(村上虹郎)と三宅(佐藤魁)に出会う。孤独好きなサチには珍しく、この2人と小さな交流をする。2人は、タカシが亡くなった年頃と同じくらいに見える。
それにしても、村上虹郎の存在感はすごい。登場した途端に、「わあ、映画だ」という雰囲気が画面に広がる。これから大物になる俳優なんだ、というのがひしひしと伝わってきた。