2020年度前期の“朝ドラ”こと連続テレビ小説「エール」(毎週月~土曜朝8:00-8:15ほか、NHK総合ほか※土曜は月~金曜の振り返り)。5月25日~放送の第9週「東京恋物語」は、鉄男(中村蒼)の恋模様がオペラ「椿姫」の内容と重なりつつ描かれ、視聴者の感動を呼んだ。音楽が重要な役割を果たす「エール」における物語と曲の深い関係について、フリーライターでドラマ・映画などエンタメ作品に関する記事を多数執筆する木俣冬が解説する。(以下、一部ネタバレが含まれます)
相思相愛なのに…「椿姫」と鉄男の人生が重なる
朝ドラ「エール」第9週では、裕一(窪田正孝)が初のレコード「福島行進曲」を出した。第8週の早稲田大学応援歌「紺碧の空」に続いてプロの作曲家としてじょじょに頭角を表しはじめた裕一。
今後もどんどんいろいろな曲を書いていくだろう。なにしろ、モデルである作曲家・古関裕而は多作で、生涯、5000もの曲を作ったという。古関の妻の金子も優秀な声楽家だった。
そのふたりをモデルにした裕一と音(二階堂ふみ)も幼少期から音楽がなくてはならない存在になっている。
第1週の冒頭、「古来、音楽は人とともにあった」「以来 人は音楽を愛した」「ずっと音楽は人のそばにある」とあったように、「エール」は、劇中に出てくる音楽とドラマの内容がリンクしていることがある。とりわけ第9週はその仕掛けがわかりやすかった。
第9週のモチーフは、オペラ「椿姫」。音が東京帝国音楽学校で行われるオペラ「椿姫」のヒロイン・ヴィオレッタのオーディションに挑むが、二次審査にまで受かったものの、特別審査員の双浦環(柴咲コウ)に「何も伝わってこなかった」と厳しく言われてしまう。
相思相愛の男性のためを思って身を引くヴィオレッタの複雑な気持ちを理解するため、カフェーの女給体験をしてみる音。そこには、裕一の幼馴染の鉄男(中村蒼)と福島で交際していた希穂子(入山法子)が働いていて、たまたま店を訪れた鉄男と鉢合わせしてしまう。
希穂子の境遇はまるでヴィオレッタのようで、鉄男に新聞社の社長の娘との縁談があることを知って身を引いて東京に来ていたのである。
希穂子と鉄男の悲しい顛末から、人間は相手のことが大切だからこそ自分の本当の気持ちを隠すこともあると知った音は、最終審査で、女の深い哀しみを歌に込めて、ヒロインに選ばれる。そのとき歌った歌は、「椿姫」の終盤、病に伏せったヴィオレッタが恋人のことを想って歌う歌だった。
喫茶バンブーのマスター夫妻(野間口徹、仲里依紗)が 、「椿姫」を寸劇のようにして演じて見せた場面(第42回)も凝っていて楽しめた。
さらに、第9週は「福島行進曲」もドラマと深く関係している。詩人になることが夢であった鉄男だが、新聞記者の仕事に追われ、詩を書くこともままならないでいたが、希穂子との燃える恋の思い出を「福島行進曲」に託し、作詞家デビューすることができた。
恋の歌であると同時に、“福ビル”という福島のランドスケープであるビルの名称などが出てくるところが、当時人気の“地方小唄”(ご当地ソング)に必須であった。裕一にとっては、音楽の道を歩むために捨てた故郷に捧げる歌をレコードデビュー作にすることで、負い目を払拭することができた。