東日本大震災で犠牲となった唯一のアメリカ人 “テイラー先生”の遺志を継ぐ人々の思いを伝える
取材担当・原田真衣ディレクター(石巻出身)コメント
――まず、「テイラー先生が遺したもの」制作の契機をお聞かせください。
今回、取材のきっかけとなったのは、「石巻出身の大学生が、震災で亡くなった恩師への思いを伝えにアメリカに行く」という情報を頂いたことです。
私自身、宮城県石巻市出身で、女子高校生だった当時、震災が起きました。しかし、震災から間もなく大学進学で上京したため、当時は家族や友人のことが気掛かりで、何もできない自分に悔しさを感じていました。記者になった今、震災時に助けてもらった多くの人たちに、回り巡って何かを返せたらという思いが強くあり、今回取材をさせていただくことになりました。
――その大学生、佐々木えりこさんのことを教えてください。
取材をした学生で、「テイラー先生」の教え子だった佐々木えりこさんは、家族が大好きで、何事にも前向きな女の子です。震災時は小学5年生。生まれ育った街や周囲の環境が大きく変わっていく中で、支えとなったのが、テイラー先生に教えてもらった英語だったといいます。
震災から9年がたったこの3月に、えりこさんはテイラー先生の両親とアメリカで会うのですが、特に映像を見ていただきたい点は、えりこさんが「もう日本のことを好きじゃなくなったのではないか」と投げ掛けたときの両親の返答です。
日本を恨んでもおかしくなかった両親が、えりこさんに応援の言葉をかける姿が印象的でした。
――石巻の木工作家・遠藤伸一さんのお話も伺わせてください。
遠藤さんはとにかくパワフルで、素敵な方です。
遠藤さんは震災直後、3人のお子さんを学校に迎えに行き、一度は安否を確認するのですが、その後、お子さんは3人とも津波に巻き込まれて亡くなってしまいます。最後に遠藤さんがお子さんに掛けたのが「父ちゃんが守ってやる」という言葉で、子どもたちを救えなかったことを今も後悔していると話されます。
実はそのお子さん3人もテイラー先生の教え子で、同じように子どもを失ったテイラー先生の両親との出会いが、遠藤さんを強く前向きに導いたのだと思います。
――遠藤さんが書棚の制作を手掛けられた「テイラー文庫」についてお聞かせください。
「テイラー文庫」は、2011年にテイラー先生が受け持っていた学校に寄贈されたのをきっかけに、現在は石巻市内の小中学校や高校、大学などに設置されています。
その文庫にはテイラー先生のお気に入りの英語の本などが置かれていて、現在は基金をもとに、両親が用意したリストを参考にしてそれぞれの学校で本を購入してもいるそうです。
震災当時の記憶が鮮明ではない小学生たちも含め、テイラー文庫は石巻の子どもたちに広く知れ渡っています。
文庫の本棚は全て遠藤さんが学校などからの要望を受けて作られていて、現在も新たに小学校に設置するため、本棚制作を進めているそうです。
――最後に、番組をご覧になる方へのメッセージをお願いいたします。
震災から間もなく10年がたちます。10年たっても、あの日に大切なものを失った悲しみは決して消えることはないと思います。一方で、今を生きる人たちを支えているのが、あの日から続く出会いです。当時、小学生だった女の子が震災後もテイラー先生に導かれるように勉強に励み、未来に進んでいく姿。大切な子どもを亡くした人たちが、子どもの遺志を継いで形にしていく姿。その強い想いを感じていただきたいです。