――主人公・ゴウの盟友であるテラシンは、どんな人物ですか?
非常にいい奴で、ゴウにとってなくてはならない存在だなと。僕とはちょっと違う種類の人間ですけど、理解できなかったことは何一つなかった。そこは、演じる上で大きかったような気がします。
――役と自然に向き合うことができたということですか?
撮影前に、山田監督と本読みをさせていただいたり、現代のテラシンを演じる小林稔侍さんと監督と食事をご一緒したりする機会があって。その時に、いろいろな言葉の断片をたくさん頂きました。
山田監督は脚本を書いていると想像がものすごく膨らんでいくということで、劇中のシーン以外でも「テラシンは前日にこんなことをしていたんじゃないか」「この場面の後は、きっと身動きが取れなくなっているんだよ」といった、監督のテラシンへの思いを聞きました。
好きな人としゃべる時は目を合わせることができない、まばたきが多くなってどもったりするかもしれないという詳しいディテールを撮影前に共有できたことはとてもありがたかったですね。
――山田監督の言葉を吸収しながら役を膨らませていった感じなんですね。
撮影中も、1シーン、1シーンにおいてどんな動きをするのか、一緒に積み上げてくださったんです。だから、僕自身があれこれ考えるというよりは、監督の言葉を全部受け取って、現場でテラシンとして生きるということが大切な作業なのかなと思いました。
山田監督は、物語の舞台にもなっている昔の撮影所の雰囲気を知っている方。青春時代のすべてを注いできたわけですから、待ち時間や準備段階で聞いた監督のお話はすごく面白かったです。
――テラシンは映写技師。劇中では映写機に触れる場面も。
山田監督から、映写技師はその日上がったラッシュを毎回映写して、毎日新しい映画に触れているから、誰よりも映画を見ている人だという話を聞いて。リールを巻いて取り付けて映写するまでの一連の流れを大事にしているんだなっていうことが伝わってきました。
映写機に触れるシーンは、80歳ぐらいの映写技師の方に一連の動きを教えていただいて、3週間ぐらい練習しました。
――山田監督の演出で印象に残っていることはありますか?
山田監督は、現場でも次々とアイデアが出てくるんです。テラシンがギターを弾くシーンもそうですけど、僕が一番びっくりしたのは食堂「ふな喜」でのシーン。いつものようにゴウ、園子(北川景子)さん、淑子(永野芽郁)ちゃん、そしてテラシンがいるんです。その時に、テラシンが淑子ちゃんをいかに好きかっていうことをどうやって表現したらいいのかっていう話になって、きっと監督の頭の中でいろいろアイデアが浮かんできたんだと思うんです。
「このセリフを言ったら淑子ちゃんを見て」「この言葉でどもって」「そこでまばたきを多く」といった感じで、一つのシーンに7、8個ぐらいやることがあって。他の3人は「それ、全部できるの?」なんて言いながら笑っているんです。
僕も「あれ、2つ目は何でしたっけ」って、段々分からなくなってきちゃって(笑)。もう、これは監督の従順な操り人形になるしかないというか、なりたいと思ったし、監督の期待に応えたいなと。そういう気持ちになったのは、僕の少ない役者人生の中で初めてのことでした。全く新しい楽しみ方や演技の面白さを提示していただいたなと思います。
――ゴウとテラシンの関係については?
誰しもが一人は欲しい親友というのは、こういうことなのかなって。すごく思うのは、何かを生み出したり作ったりする人と、それに気付いてあげる人は同じぐらい大事な存在なんですよね。
才能を持っていても自分では気付かなかったり、平凡な人間だと思ってしまう人もいる。でも、そんな人を心から支えてあげる人は間違いなく必要。僕にとっては、RADWIMPSのギター・桑原(彰)がそうですね。
学生の頃、桑原から「おまえの曲、すごいんだよ」って言われたけど、こんなの誰でもできると思って、自分は普通に大学に進学して就職するんだろうなと思っていたんです。でも、桑原は僕の曲で食っていくと言って、高校を辞めて。それだけ、僕の音楽の才能を認めてくれていたんですよね。
ゴウとテラシンの関係を見ていると、僕は桑原のことを思わざるを得ないし、すべての表現者には才能を気付いてあげる人、支えてくれる人が必要なんだなと強く感じました。
全国ロードショー中
<スタッフ>
監督:山田洋次 脚本:山田洋次、朝原雄三
原作:原田マハ「キネマの神様」(文春文庫)
配給 :松竹
<キャスト>
沢田研二、菅田将暉、永野芽郁、野田洋次郎、
北川景子、寺島しのぶ、小林稔侍、宮本信子
【HP】movies.shochiku.co.jp/kinema-kamisama/
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