アン・フレッチャー監督がメガホンを取った映画「ホーカスポーカス 2」が配信されてちょうど2週間。SNS上でも視聴された方の感想がにぎやかに渦巻いており、幅広い層に好評のようだ。ユーモアとファンタジーいっぱいの展開の中で、物語の鍵を握るサンダーソン3姉妹の息の合った演技に「プロの凄み」を感じた人も多いのではなかろうか。そんなサンダーソン3姉妹に扮(ふん)しているのは、ベット・ミドラー、キャシー・ナジミー、サラ・ジェシカ・パーカーという、アメリカン・エンターテインメントのトップに位置する3人。中でも僕は、長女役のベット・ミドラーの身のこなし、力強い滑舌、多彩な表情に改めて彼女の凄みを感じているところだ。
ベット・ミドラーとは？
歌手・役者として活躍するベット・ミドラーは1945年12月、アメリカ・ハワイのホノルル生まれ。我が国でいえば吉永小百合や松原智恵子と同い年ということになる(学年はベットのほうが1つ下)。ホノルルではなくて日本にいれば日活映画に出ていたかもしれない。1960年代後半ニューヨークに渡り、ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」にも登場。70年からニューヨークのホテル内のライブ・スポットで歌い始め、1972年にファースト・アルバム『アメリカが生んだ最後のシンガー/ベット・ミドラー・デビュー』を発表した。
これに関与するメンバーが、またすごい。シシー・ヒューストン(ホイットニー・ヒューストンの母)がコーラスを担当し、ジョン・レノンやポール・マッカートニーらの作品にも参加したスーパー・ギタリスト、デヴィッド・スピノザがギターを弾き、のちに記録的大ヒット映画「サタデー・ナイト・フィーバー」のサウンドトラックにも関わるラルフ・マクドナルドがパーカッション(打楽器)を請け負い、その他「音楽を通じて日米の友好親善に寄与した」として2021年に旭日小綬章を受章した“Mr.ジャズ・ベース”ロン・カーター、後に才能を大きく開花させるメリサ・マンチェスター、バリー・マニロウ(彼は歌手デビュー前、ベットの伴奏ピアニストだった)といった才人が惜しげもなく集まっている。
編曲者の1人は、アレサ・フランクリンやノラ・ジョーンズをビッグ・スターの座に押し上げたアリフ・マーディンだ。これほどの強力な顔触れが、“新人歌手”ベット・ミドラーのために集まったのだ。アルバムはただちに50万枚を売り上げて、シングル・カットされた3曲はいずれもヒット。1973年、ベットはグラミー賞の最優秀新人賞を得た。
ターニングポイントは「ローズ」
順風満帆の“スター”ベット・ミドラーが、いつ“大スター”、“カリスマ”へと歩を進めたのか。おそらく、僕を含む大多数が1979年公開の映画「ローズ」と、その主題歌「ローズ」をターニングポイントであったと考えるはずだ。ベットは、伝説のロック歌手ジャニス・ジョプリンをモデルにしたローズ役を文字通り全身で熱演し、歌いまくった。
おそらく生活の隅々にまで注意を払って芸の道に生きているであろうベットが、飲み、打ち、乱れまくる破滅型の人生を送ったジャニスと重なり合い、見る者から感動を引き出していく。このねじれもまた、エンターテインメント体験の醍醐味(だいごみ)であると言いたい。去る今年8月には、やはりジャニスをモデルにしたブロードウェー・ミュージカル「ジャニス」の日本版が上演され、BiSHのアイナ・ジ・エンドがジャニスに扮していた。アイナのハスキーボイスに魅了されているファンにもぜひ、ジャニスやベットの音源を聴いてもらえたらうれしい。
そしてこの映画から一人歩きして、いまや実力派歌手にとってのスタンダード・ナンバーとなった一曲に主題歌「ローズ」がある。ベットが歌うバージョンで、日本でもドラマ「アルジャーノンに花束を」(山下智久主演／2015年、TBS系)の主題歌になったので、そちらで覚えている人も多いのでは。
この曲はジュディ・コリンズなどベットの歌手デビュー前から活躍しているベテラン、フレディ・コール(ナット・キング・コールの弟)やジョナサン・リッチマンなど男性歌手までさまざまな美声の持ち主が歌っているが、日本人シンガーのカバーも実に多く、渡辺美里、中山美穂、JUJU、MISIA、大黒摩季、“歌怪獣”と敬意をもって呼ばれている島津亜矢などが独自のバージョンを残している。
僕は和田アキ子のライブでこの曲を聴いて、「本物のシンガーぶり」を感じてうれしくなったものだし、先日亡くなった葛城ユキさんが生涯最後のステージで歌ったのもこの「ローズ」だったというではないか。
また演歌の大御所・都はるみは、「愛は花、君はその種子」というタイトルでカバーしている(高畑勲監督「おもひでぽろぽろ」の主題歌)。“はるみ節”と呼ばれるウナリを抑えつつ、それでもしっかり都はるみの個性が伝わってくるあたり、さすが大御所である。
おごらず、偉ぶらず、ユーモラスに、楽しく。「ホーカスポーカス2」を楽しんだなら、今度は音源にも手を伸ばして、天与のエンターテイナー＝ベット・ミドラーの世界に、さらに深入りしてほしいと願わずにはいられない。
◆文＝原田和典
https://www.disneyplus.com/ja-jp/movies/hocus-pocus-2/
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