ナルシシズムな自意識を美意識に昇華させる“元・王子”
「昔取ったきね柄ではありますが、“相棒”役には慣れているので、しっかりとサポートしていきたい」
ドラマ「明日の約束」(フジ系)で主人公のスクールカウンセラー・藍沢日向(井上真央)の“相棒”役を務めることになったとき、及川光博はそう言って笑いを誘った。「インテリかエリートか悪役」しか来なかったと自身が振り返る俳優業の中で、最大の当たり役は「マンハッタンラブストーリー」('03年)や「吾輩は主婦である」('06年、共にTBS系)で彼を起用した磯山晶プロデューサーが「最高のナンバー2」と称したように、「相棒」(テレビ朝日系)での杉下右京(水谷豊)の“相棒”役・神戸尊だろう。しかし、及川は決して“巧い”役者ではない。機微を見せるような微妙な表情の豊かさがあるわけではないし、自身も認めているように、滑舌もいいわけではない。それでも、惹きつけられるのは、彼の強いキャラクター性とサービス精神によるものだろう。
つまりは、「ミッチー」というキャラだ。ではそのキャラはどのように生まれたのだろうか。
及川光博が最初に世間的に注目されたのは'97年の「マツモトキヨシ」のCMだろう。「どんなに高いものでも買ってあげるよ。だって僕はお金持ちだから」とビシっとキメて言い放つ強烈なキャラクターは鮮烈だった。そのままバラエティ番組にも進出。ナルシストな王子キャラとして一世を風靡した。彼の肩書は、「俳優/アーティスト」あるいは「俳優/ミュージシャン」と表記されることが多い。しかし、そうしたCMで登場し、現在も映画にドラマに引っ張りだこの彼に「ミュージシャン」の姿を想起する人は多くないかもしれない。
かつては「HEY!HEY!HEY!」(フジ系)などの音楽番組に頻繁に出演していたが、ある時期からそれを恐らく意図的に絞った。当時の音楽番組は曲そのものよりも、それを歌う人の人間性をトークで垣間見せるという番組が全盛だった。実際、及川はそのキャラのままモテモテエピソードをあっけらかんと話し、ダウンタウンの浜田雅功らにツッコまれながらもエレガントに返し、笑いを取っていた。その類まれなるバラエティータレントとしての天賦の才で、「パパパパPUFFY」(テレビ朝日系)などのバラエティ番組にも引っ張りだこになっていた。だが、まだデビューして間もない彼は“王子”という「窮屈なカテゴリーを、楽しむことができなかった」と明かしている。つまり、「完璧主義者」だった彼は、自らのパフォーマンスを掌握できないまま「ミッチー」というキャラを過剰に消費されるのを恐れたのだ。そのため'98年、自ら「王子転職宣言」をし「元・王子」となったのと同時に、本格的に俳優業も開始していった。もちろん、どんなに俳優業が多忙になっても毎年行っている「ワンマンショー」と呼ぶライブは欠かすことはない。及川光博の凄さを最も体感するのはワンマンショーだ。彼の“本業”は「ミッチー」と呼ぶしかないライブパフォーマンスだからだ。
学生時代からミッチーは「ミッチー」だった。付いたあだ名は「キザオ」。父親はPTA会長、本人は生徒会長。演劇部では女子ダンス部を従え自ら演出・主演をし、同時にグラウンドホッケー部のキャプテンとして華麗に試合をしていた。学内外にはファンクラブもあったという。まさに、マンガのような男である。
父親もPTA会長として挨拶する際、ハットを斜めにかぶって、レイバンのサングラスを掛けて朝礼台に上がり、朝礼台に上がってから、サングラスを華麗に外すような男。木村拓哉をして「超DNAだね」と言わしめる親子だ。そんな父親は、ある哲学を持っていた。
「一流以外は全てクズだ」
及川はそんな極端な教えに半ば反発しながらも、半ば共感していた。なぜなら、なんでも器用にこなし、見た目も美しく、女子にモテモテな彼は、男子からの嫉妬をもとにしたイジメに苦しめられてきたからだ。だから、過剰にスター然としてアピールすることで自分を守り始めた。やがて三島由紀夫をはじめとする日本文学や、寺山修司や美輪明宏など耽美なアングラ表現に惹かれていくのは自然なことだった。そこで学んだのはナルシシズムな自意識を美意識に昇華させる方法だ。
つまり及川光博の唯一の逃げ道であり、誇りを保つ自己表現が“美”意識過剰な「ミッチー」というキャラをつくり上げていくことなのだ。
(文・てれびのスキマ)
◆てれびのスキマ=本名:戸部田誠(とべた・まこと) 1978年生まれ。テレビっ子。ライター。著書に『1989年のテレビっ子』、『タモリ学』、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか』、『コントに捧げた内村光良の怒り』など多数。雑誌「週刊SPA!」「TV Bros.」、WEBメディア「日刊サイゾー」「cakes」などでテレビに関する連載も多数。2017年より「月刊ザテレビジョン」にて、人気・話題の芸能人について考察する新連載「芸能百花」がスタート
◆てれびのスキマ◆1978年生まれ。テレビっ子。ライター。雑誌「週刊SPA!」やWEBメディア「日刊サイゾー」「cakes」などでテレビに関する連載多数。著書に『1989年のテレビっ子』『タモリ学』など。新著に『笑福亭鶴瓶論』