大江千里、自ら「封筒にCDを詰めて送る」ひとりビジネス内幕【インタビュー中編】

2018/02/03 11:00 配信

音楽

大江千里が最新著作「ブルックリンでジャズを耕す 52歳から始めるひとりビジネス」を発表

大江千里が最新著作「ブルックリンでジャズを耕す 52歳から始めるひとりビジネス」を発表

NYでの奮闘と手作業のビジネス

――2008年1月に愛犬ぴーすとNYに旅立ち、ニュースクールの学生に。10代、20代の同級生に混じっての学校生活が始まったときの心境は?

「それまでは日本で長年、緊張感を持って“大江千里”をやってたワケで。そこから一学生になった感じを音楽のキー(調)にたとえると、今までFだった感覚がDとかCぐらいにふ~っと下りる感じ。もうなんか、聴こえてくる相対音が全部低いんです。それはいい意味でいうとリラックスなんだろうけど、最初の授業でもう老眼が始まっちゃってました(笑)」

――新たな競争の場に身を置く緊張の一方で、肉体がリセットされた部分もあったと。

「それで黒板の字が見えないから、Excuse me,senior moment started.I’m sorry disturb you.I need this.(ちょっと失礼。老眼が始まっちゃって、邪魔をして申し訳ありませんがコレで撮らせてくださいね)と言って、黒板の近くまで行ってスマホで撮影させてもらってたんですよ。そしたらすかさず20代の男子生徒が、Senri,me too! senior moment.(僕もだよ!)と言ってマネするんです(笑)。もちろん冗談だけど、それがきっかけで友だちになったりして」

――そこから始まる4年半の戦いは前著に凝縮されていますね。続編では音大卒業後のことが綴られていますが、NYでミュージシャンとして活動するためにレコード会社も運営することは、ニュースクール時代から考えていたんですか?

「ニュースクールで2年間の教養科を終えてさらにレベルの高いクラスにいくと、2年目に課されるシビアなテストをパスして生き残っている生徒というのはやっぱりちょっと“違う”んです。パン!と言ったら音も分かるし耳の聴こえ方も全然違う。ピアノのメジャーコードを弾くだけでも僕が絶対かなわないと思う人もいたし。そんな彼らに対抗できて、なおかつ自分の得意分野はこれだ!って胸をはれるものは何かというと作詞作曲だったんです。だからsenri jazzという、僕が書ける世界観のジャズを探して、とにかく曲を残そうと」

――卒業前に書き出した「未来を箇条書き」の一つ目、「自分自身によるジャズ曲を生み出しアレンジする」ですね。

「それで今まで習ってきたジャズをテキストにして、物まねしながらとにかく書き下ろしたのがジャズピアニストとしてのデビュー・アルバム『Boys Mature Slow』(2012)です。で、曲を残すためにはインフラ(経済活動の基盤)を整備しなきゃいけないから会社を興して、ビザを申請してグリーンカード(永住権)も取得しました」

――アーティスト活動と社長業の両立はどうしていますか?

「基本的にはアーティスト活動がメインなので、“僕はアーティスト活動にエネルギーを注ぎたいから会社のことができないんだよね”というのを逃げ口上にして、会社のドアには『ただいま外出中です』という札をかけてることが多いです(笑)」

――事務員も雇わず、リリースやライブにまつわるあらゆる仕事をおひとりでされているとか。

「ただし、専門的な仕事は各分野のプロにお願いしています。PRはAさんに、RadioプロモーションはBさんに、ブッキングはCさんにというふうに。ハリウッドの役者さんなんかもそういうふうにして、自分は電話1本で動いてる方が多いみたいですね」

――アーティストと社長業、それぞれでもっとも大事にしていることはなんですか?

「どちらも“心を込める”ことです。できてない部分を嘆くより、今あるものを最大限伝えられればそこに付加価値が生まれるし。数は少なくてもひとつひとつにドラマがあれば、それは製品化したときに決して消えていくものにはならないというセオリーを僕はジャズの授業で学んだので。だからそんなスタンダードになるような仕事がしたい」

――世界中にCDを発送する際、一通一通に手書きのメッセージを添えるのもそんな気持ちからでしょうか。

「ひとつの封筒にCDを詰めて送るときも、先方に着いたときに生まれるドラマがあって。封筒を開けたら金色のキラキラがパーッと出てきて、カードにメッセージと自分の名前が手書きで書いてあり、『キラキラとともに』と添えてあったら嬉しいかな?って。僕としては、“これは何かあったときにあなたの力になるかもしれない仲間の印みたいなもので(笑)、出版されてないあなただけのカードだから持ってて”みたいな気分で書いてるんです」

――どんなふうに書くんですか?

「ジャズのソロのように迷わずに。『今、FDNY(ニューヨーク市消防局)のサイレンの音が家の横を通り過ぎていきました。ぴちゃん(愛犬のこと)が横であくびをしてます』とか、『今ごはんを作り終えて、ほっと一息teaを飲みながらこれを書いています。この瞬間が解凍される頃、そっちはどんな景色でしょうか?』とか、今の瞬間をそのまま。だから一通一通に違うストーリーがあって、それを抱えて次の日の朝、一番信頼できるユニオンスクエアの下の郵便局まで行きます」

――それを日に何十通ですよね!?

「最初は途方にくれるんだけど(笑)、やってるうちに楽しくなってくる。心を乗せて何かに変換させていくということで言えば、デスクワークにもジャズのセオリーが役立ってるんです。もちろんコンピューターでプリントアウトされた宛名ラベルを貼った封筒も役立っているけれども、中に詰めるものは一日30食しかできない定食みたいな感じ。だから魚の形もちょっとずつ違うし、それがひとりでやってる楽しさだと思います」

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【プロフィール】
大江千里
1983年にデビュー。2008年ジャズピアニストを目指し、NYのTHE NEW SCHOOL FOR JAZZ AND CONTEMPORARY MUSICへ入学。2012年7月、ジャズピアニストとしてデビュー。2013年には自身が率いるビッグバンドで東京JAZZに初参加。2016年夏、4枚目にして初の全曲ヴォーカルアルバム『answer july』を発表。現在、ベースとなるNYのみならず、アメリカ各地、南米、ヨーロッパでライブを行いながら、アーティストへの楽曲提供やプロデユース、執筆活動も行なっている。2017年12月『「9番目の音を探して」~大江千里のジャズ案内 』をリリース。2018年2月14日にDVD「Answer July~Jazz Song Book~JAPAN TOUR2016」が発売。

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