「被害者家族の暮らしが大きく変わっていく前向きな姿を伝えます」(福田浩子D)
――まず、取材のきっかけ、はじまりを教えてください。
事件から4年を追ったドキュメンタリーですが、私自身が取材を担当したのはこの2年間になります。事件直後から先輩記者が被害者家族や遺族を取材しており、その担当者が異動になるタイミングで、取材を引き継いだ形です。
この事件は、遺族や被害者のご家族で取材を受けていただける方があまりいない状況でした。ですので、前任者が尾野さん家族と築いた信頼関係を大切にしながら、尾野さん家族が発するメッセ―ジを丁寧に伝えることを続けていかなければならない、という思いを抱きました。
――尾野さんのご家族はどのような思いで取材を受けられてきたのでしょうか。
剛志さんは、当初、県があまり情報を公開しなかったことをおかしいと考えていて、事実は事実としてちゃんと周りに分かってほしいし、知ってもらわなきゃいけないんだという話をされていました。
事件の直後から名前と顔を出して取材に応えていて、その姿勢はずっと変わりません。やまゆり園も県も、剛志さんの行動によって徐々に取材に応じてくれるようになってきたところがあります。
剛志さんは「障害者なんていなくなればいい」という植松死刑囚の主張が間違っているということを伝えるためにも、また障害者を取り巻く環境が少しでも良くなってほしいという思いで発信を続けようと取材に応えてくださっています。
――植松死刑囚に対する恨みのような言葉を聞かれたことはありますか?
「植松を目の前にしたら手をかけてしまうかもしれない」と話していたこともありますが、時間がたつに連れてそういう言葉を聞くことは少なくなってきました。
剛志さんは、植松死刑囚のことを知っていたからこそ、事件が起こったことをすごく不思議に思っていました。最初ニュースで犯人の写真を見た時、植松死刑囚が整形してこともあって、これはあの子じゃないと思ったそうです。
犯人だと分かってからは、好青年に見えたのに、なぜ彼は事件を起こしたのか、理由を知りたいと強く思われていた。けれど、裁判では明らかにならなかった。そのことが、剛志さんの中ではいちばん大きかったと思います。この事件を風化させないように自分が発信し続けていくという覚悟を持っておられます。
――このタイミングで放送を決められた意図をお聞かせください。
事件から3年半がたち、裁判が今年の1月から開かれ、3月に死刑が確定しました。裁判が終わったことが一つの区切りということもありますが、今回の番組の大きなテーマである一矢さんが施設に戻るのではなくアパート暮らしを始めたというところ。それがうまく運びそうだということもあって、この時期の放送が決まりました。番組では、一矢さんの暮らしが大きく変わっていく前向きな状況を伝えています。
――尾野さんご夫婦を取材する中で、心に残っていることを聞かせてください。
剛志さんと一矢さんは実は血が繋がっていなくて、奥さんのチキ子さんの死別した旦那さんとのお子さんです。それを私が知ったのは取材を始めて一年ぐらいたってからでした。その時にすごくびっくりしたことを覚えています。剛志さん・チキ子さんは心から一矢さんのことを愛しているんだなと感じる家族のやり取りばかりを見ていたので、その事実に驚きました。
これはありふれた風景ですが、週に一回、剛志さん・チキ子さんはお弁当を持って施設にいる一矢さんに会いに行っていました。チキ子さんが握ったおにぎりや、作ったポテトサラダを一矢さんが食べているのを見ている幸せそうな表情とか、剛志さんが一矢さんが食べているウインナーを、「お父さんにもちょうだい」と言ったら、あーんと口に持って行く様子とか、ひとつひとつの小さな出来事における、一矢さんを見ている両親の姿から、これが幸せの形なんだなということが伝わってきました。
――息子さんの一矢さんはどんな方ですか?
一矢さんは、すごく人懐っこい部分があります。本編に登場しますが、手遊び歌を順番に記者にもやるように求めるシーンがあって、初めて会った記者でもカメラマンでも分け隔てなく一緒に笑って歌って遊ぼうよ、と誘います。
弊社の音声担当のことをすごく気に入っていて。というのも、一矢さんは坊主頭の人のことを「和尚さん」と呼んでいて、本人としては、からかう意図もあるようなのですが、その音声担当がいるといつも「和尚ちゃん、和尚ちゃん」と笑顔で呼びかけます。手遊び歌も和尚ちゃんにやってもらっている時がいちばん満面の笑みを見せていて、表情から楽しいんだ、喜んでいるんだなというのが分かります。
お母さんのカレーを3回もお代わりしたこととか、番組に全部は入りきらなかったですけど、一矢さん自身の小さな喜びもたくさん捉えています。
――何気ない映像、日常のありのままの中に、小さな喜びが存在している。そのことを伝える番組だということでしょうか。
まさにそうだと思います。剛志さんは、事件の前と後で、一矢さんにいい意味で変化があったとおっしゃっています。昔は、「行く?」「行く」、「行かない?」「行かない」というようなオウム返しの会話だったけれど、4年間の中で自分の意思をはっきりと出すようになったそうです。嫌なものは嫌と言うし、オウム返しではなく、「したい」と主張するようになった。
事件後、意識を取り戻して、最初に発したのは「お父さん」という言葉だったそうですが、事件の前は「お父さん」と呼ばせようとすれば小さい声で呼んでくれたのが、今は、自分からはっきりとした言葉で「お父さん」と呼ぶようになった。そういう成長が小さな喜びだと剛志さんはおっしゃいます。
そんな剛志さんの思いを、一矢さんが幸せに暮らしている姿から伝えられたらいいなと思います。重度の知的障害がある方でもアパートで一人暮らしているという実情を、私自身、取材するまで知りませんでした。そういう人がいるということを知ってもらうだけでもいい。また、事件に関心がなかった人に、事件のことを知ってもらえるだけでもいい。ちょっとでもいいので気付き、新しい発見、そしてプラスの感情を抱いてもらえるといいなと思います。
「小さな喜びを感じて ~津久井やまゆり園事件・被害者家族の4年~」
※TBSでは2020年9月6日に放送済。今後、TBS系各局で順次放送。MBSテレビ(9月20日[日]朝5:40)、広島・RCC中国放送(9月13日[日]深夜3:00、宮城・TBC東北放送(9月15日[火]深夜1:55)が決定している。
制作:TBS
ディレクター・福田浩子
プロデューサー:佐古忠彦