わからないけど、それでいいのではないか
それを確信したのが映画「市子」(2023年)で主人公を演じたことだ。プロポーズの翌日に恋人の前から姿を消した市子の謎の半生を巡る物語。杉咲の演技が評判を呼び、当初38館だった上映館が60以上に拡がった。
最初に脚本を読み終えたとき、涙が止まらなくなった。それは感動や同情によるものではなく、それまでの自分が知らない感情だったという。その正体が知りたかった。しかし、完全にはわからなかった。そしてそれでいいのではないかと思うようになった。
「わからない」からこそ、「感情面では何かを準備して現場に持ち込むということを避けている」(「CINRA」前出)。脚本上だけで知ったつもりにならず、「そのとき目の前にいる人と対面してみて、何を感じるかということに素直でいたい」(「MEN’S NON-NO WEB」2024年2月24日)と、その場その場で演じて得た感情を大事にして表現しているのだ。記憶がリセットされ、日々“新たな”出会いをする「アンメット―」の主人公のようだ。
「『相手のことがわからない』という感覚が根底にありながら、必死に想像して接近を試みる。自分とは違う他者に共振しながら、限りなく近づいていこうとする行為が、『演じる』ということなのかなあ」(「CINRA」前出)と語る。思えば、人は他者のことはもちろん、自分のことだってわからない。そのわからなさがリアリティのある演技を生んでいるに違いない。
文=てれびのスキマ
1978年生まれ。テレビっ子。ライター。雑誌やWEBでテレビに関する連載多数。著書に「1989年のテレビっ子」、「タモリ学」など。近著に「全部やれ。日本テレビえげつない勝ち方」
※『月刊ザテレビジョン』2024年7月号