サイパン戦の実相に迫る 戦火に倒れた沖縄からの移民の悲しみ <JNNドキュメンタリー ザ・フォーカス>

2020/07/31 20:30 配信

RBC琉球放送制作「戦世ぬ哀り 〜サイパン・太平洋の防波堤〜」より

RBC琉球放送制作「戦世ぬ哀り 〜サイパン・太平洋の防波堤〜」より

(C)RBC

TBSで毎月第1、第3日曜深夜放送の取材報道ドキュメンタリー「JNNドキュメンタリー ザ・フォーカス」。8月2日(日)夜1:20からは、RBC琉球放送制作の「戦世ぬ哀り(いくさゆぬあわり) 〜サイパン・太平洋の防波堤〜」を放送する。

同作は、史料や証言を基に、サイパン島の歴史と、同島における日本軍とアメリカ軍の戦闘「サイパン戦」の実相に迫ったドキュメンタリー。RBCでは2020年3月、5月には九州・沖縄7局のブロックネット番組「九州沖縄ドキュメント ムーブ」でもオンエアされた。

西太平洋赤道付近に点在する600を超える島々。現在の「ミクロネシア」の島々を、日本は「南洋群島」と呼び、太平洋戦争で敗れるまでのおよそ25年間、国際連盟によって委任統治を託されていた。

そのうちの1つがサイパンで、日本は事実上の領土にするため、多くの移民を送り込んだ。

足掛かりとして設立された企業「南洋興発」は、海軍の後ろ盾を得て発展。製糖業のほか、水産業など南洋各地で事業を展開し、“北の「満鉄(南満洲鉄道)」、南の「興発」”と称された。

南洋興発は暑さと労働に耐えうる移民として沖縄出身者を求め、貧困にあえぐ沖縄側の利害も一致し、多くの県民が南洋群島に移住した。サイパンだけで日本からの移民2万7000人余りが暮らし、そのおよそ7割を沖縄県出身者が占めるほどだった(1942年時点の数値)。

「南洋の暮らしはとても楽しかった」と、サイパンで生まれ育った永山幸栄さん(取材時92歳)は懐かしむ。

父が南洋興発で働いていた永山さんは、家族8人、サイパンで穏やかな暮らしを送っていた。しかし、島での暮らしに暗雲が立ち込める。

太平洋戦争が勃発し、日本の敗色が濃くなった1944年、政府は「南洋群島戦時非常措置要綱」を閣議決定。この中には「南洋群島在住民の総力を結集して直接戦力化し、軍と一体となりて皇土前線の防衛にあたらしむ」などといった、住民を戦力ととらえる文言が並んでいた。

米軍上陸後、閣議決定の内容に沿うかのように、住民は戦闘に巻き込まれ、日本本土を守る防波堤として多くの命が失われた。

現在では、リゾート地として知られるサイパン。太平洋戦争では、激しい地上戦が展開され、沖縄からの移民を含む多くの民間人が戦火に倒れた。証言と史料から、楽園の島が戦場と化した歴史をたどる。

制作はRBC琉球放送、ディレクター・伊良波美海子、ナレーションを仲村美涼が務める。

史料「南洋群島戦時非常措置要綱」<国立公文書館所蔵>

史料「南洋群島戦時非常措置要綱」<国立公文書館所蔵>

(C)RBC

JNNドキュメンタリー ザ・フォーカス
「戦世ぬ哀り 〜サイパン・太平洋の防波堤〜」
2020年8月2日(日)夜1:20-1:50
制作:RBC琉球放送
ディレクター:伊良波美海子
ナレーター:仲村美涼

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