漫画を通して作者が伝えたい「日常の尊さ」とは
ーー『色々あって疲れたお兄ちゃんがホットケーキを焼く話』はどのような思いから描いた作品でしょうか。
もともとはnoteで開催された「#創作大賞2022」というコンペに応募するために描いたものです。「ホットケーキをさわって愛猫を思いだす」というワンアイデアはずっとあって、いつか形にしたいと思い温めていました。同時に、田舎から上京した自身の経験をもとに、ストレス社会からの上手な逃げ方や解決方法、自己愛、自己治癒能力の高め方について触れるような物語を描きたいと思ったからです。何気ない一言や、普段やらない行動に絶望的な一日が救われる経験は、少なからずみんなあると思います。このお話を読んで、「ホットケーキ焼いてみようかな」「実家に連絡しようかな」と行動を起こす気になってもらえたら成功だなと思って描きました。
ーー同作を描くうえでこだわった点や、特に気に入っているシーン・セリフがあればお教えください。
ホットケーキを焼くときに生まれる「待ち」の時間を描くことにこだわりました。普段ならスマホを触ったり、ながら作業で埋めてしまう「余白」は、本当は記憶を呼び起こしたり、頭を整理する時間に変えることができるので。多分みんながホットケーキを焼いてしあわせに感じるのは、あまくて丸いふかふかな食べ物が出来上がるのを、ひととき「待つ」時間があるからだと思います。
あとは、妹の深青ちゃんがラーメンを食べながら返信するシーンです。しがらみや縛りの多い兄と対比して、一人でどこへでも行けてしまう身軽な深青ちゃんの性格が反映されたいいシーンだと思っています。
ーー愛猫を亡くしたお兄ちゃんが、ホットケーキを焼く場面が非常に印象的でした。ヒントや参考になった体験があったのでしょうか。
私の実家でも茶トラの猫を飼っていたのですが、数年前に亡くなりました。実家で母がホットケーキを焼いていたとき「〇〇ちゃん(愛猫)みたいでかわいいねー」と呟いていたのが強く印象に残りました。動物を飼う者あるあるだと思いますが、生前から、多肉植物の寄せ植え、丸い石、ダウンジャケットのファーなど、小さくて丸くて柔らかな無機物に対して「あの子みたいだね」と家族で言い合うことがありまして、それはとても愉快で温かな瞬間だったと思います。そういう感触や匂いが思い起こす記憶で「今」が尊くなる、ということは多くの人々にも共感されるのではないか、とかねてより思っていました。
ーーTwitterを通して多くの反響が寄せられています。印象に残ったコメントなどはありましたか？
「何があったって人生は進む、ちょっと立ち止まってお腹を満たしてまた進むんだ」といった内容の引用リツイートがあって、そのままキャッチコピーにしたいと思いました。これは過去と向き合ってほんの少しでも前に進む、自分の気持ち次第で動き出す時間もある、というメッセージを暗に含んでいるので、そこを感じ取っていただけたコメントの数々に、私自身も救われました。
おそらくいいねしてくださった多くの方が猫好きで、その共感性の高さに驚きました。描いてみないと気付かなかったことだと思います。そして「ホットケーキを実際焼いたよ！」という方もいて、実際の行動にまで結びついたのはとても嬉しかったです。
一方で「根本的な解決にはなってない」「妹の発言に腹が立つ」というコメントも印象的です。そう仰る方のほとんどが自分で動かせない時間の渦中にいて、本当に助力と休息を求めているのだと思います。過酷な現実に対してフィクションができること、「根本的な解決とは何か？」を自問する日々です。今後の創作で、何かしらのアンサーをしていけたらと思っています。
ーー普段は週1回のペースでご自身の日常生活をベースにしたコミックエッセイを発信されていますが、創作漫画を描こうと思ったきっかけをお教えください。
創作の物語も、日常的な観察の延長線にあると感じたからです。それに、気付いたはいいけど自分が語るには重かったり小っ恥ずかしいような体験を少し俯瞰で見たいとき、別の人間に語ってほしいとき、創作の世界に頼るのだと思います。
ーー最後に、やまちさんの作品を楽しみにしている読者へメッセージをお願いします。
読んでいただき本当にありがとうございます。漫画を描くときの共通するテーマとして「日常の尊さ」があります。私が描く漫画で、読んでいただけるみなさんの日常にもドラマや気づきがあることを認知して、明日をいい日にしようと思っていただけたなら、表現者としてこの上ない幸福です。
この記事はWEBザテレビジョン編集部が制作しています。
