諦めずに続けられる人生だけが正解じゃない…自身の体験談を元にした物語
――『ミューズの真髄』を創作したきっかけを教えてください。
東京藝大を受験する夢を見てうなされたことがきっかけです。私自身、20歳の頃まで東京藝術大学の油画専攻を目指して浪人していたこともあり、これは一度作品として昇華しなければいけない題材かもしれないと思い描き始めました。
――『ミューズの真髄』を描くうえでこだわった点や、「ここを見てほしい」というポイントがあればお教えください。
物語の主人公というものは普通、才能や独自性のあるキャラクターである事が多いです。だからこそ物語の主人公になり得ると思うのですが、本作の主人公は才能の無さや独自性の無さに悩んでいます。その辺りの葛藤に注目して読んでほしいです。
――8月12日(金)に『ミューズの真髄』第2巻が発売されますが、同作の中でご自身が特に気に入っているシーンやセリフがあれば、お聞かせください。
2巻に収録されている7話の美優の長文の語りシーンが気に入っています。私自身、自分に才能やセンス、絵心があると感じたことが無くて…。美優の叫びは本作を描き始めた当初から描きたいシーンの一つでした。
また、2巻収録の7.5話(番外編)にも注目してほしいです。美優が通う予備校の講師・月岡未来が主人公の回なのですが、美術というものに囚われる人間を象徴するお話だと思っていて、こちらも本作を描き始めた当初から描きたかったエピソードです。月岡が合否を知るシーンはかなり気に入っています。
――読み切り短編集「呪いと性春」など、これまで“愛情”にまつわる人間の心の内を多く描いていらっしゃいますが、こういった作風に至ったきっかけや理由があればお教えください。
きっかけと言われると難しいですね。ただ、私は本当に幼い頃から生きづらさを強く感じていて、25歳になった今でもそれが消化できずにいます。
読者の方に届けたい気持ちももちろんありますが、どこかではそういう自分を整理するために漫画を描いてる節があるかもしれません。
――Twitterでのアップ後、とても大きな反響があったかと思います。特に印象に残っている読者からの反響があれば教えてください。
とても大きな反響をいただけて嬉しかったです。受験の失敗や親との確執について、自分の人生に重ねて読んでくださる方が多くて、この物語は最後まで丁寧に描かねばという気持ちがより強くなりました。
――主人公の美優のように生きづらさやコンプレックスを抱えている読者へ、メッセージがあればお願いします。
私はほんの4、5年しか美術の世界には居なかったので素人考えなのですが、美術にのめり込んでいる人間は美術の道を諦めた瞬間、本当に空っぽになってしまう人が多いと思います。油絵の知識や技術は世間で全く役に立たないので、何年もかけて積み重ねた自分を形成する大きな部分が無になったような感覚になると思います。
本当に好きならお金にならなくても時間がなくても続けろよ、と世間は言います。正論だと思いますし、そういう人がいわゆる成功をするのだとも思います。でも、現実的にはそうもいきません。学歴も職歴もない人間が自立した生活を送るためには朝から夜まで必死に働かなくてはお金が足りません。少なくとも当時の私には、完全に断ち切る(画材や絵を処分する)以外の生き方が分かりませんでした。
美術以外の分野でも何かにのめり込んでいてそれが失敗に終わったり、世間的・経済的理由で諦めなければならなかった人は多いと思います。『ミューズの真髄』はそういう人たちに寄り添える作品を作りたいと思って描いています。
才能のある強い人間の話ももちろん素敵ですが、それだけじゃないよと、失敗しても諦めずにやり続けられる性格や環境の人生だけが正解じゃないよ、と伝えられる作品にしたいです。最終巻である第3巻まで、どうか見届けていただけますと幸いです。