松重豊が役者の世界に踏みとどまる理由
そして2012年、彼の代表作となる「孤独のグルメ」(テレビ東京系)のオファーが舞い込む。ここでも彼の「見る目のなさ」は健在だった。「最初、企画書を見せられて、ホントにただオッサンがメシ食ってるだけなんで……、これプロフィールの汚点になるな」(「A-Studio」2014年11月21日TBS系)とまで思ったという。
しかし、松重の予想に反し、2022年までにシーズン10を数え、2023年にも配信オリジナルシリーズと、現在に至るまで制作され続けている大人気作品となった。そうした人気を松重は「本当のことをいうと、自分でもどういうことなのかまだよくわからない」(「文春オンライン」2020年12月5日)と告白する。
いまだに自分は役者に「向いていない」と感じ、辞めようかなと思うこともあるという松重が、役者の世界に踏みとどまっているのは蜷川幸雄の存在があったからだと言う。一度袂を分かち、しかも足を洗ったこともある松重に蜷川は「お前、俺の芝居に出ろ」と何度も声をかけてくれた。
「『蜷川さんがこうやって使ってくれているんだから、蜷川さんの目の黒いうちは、僕は二度とこの世界を辞めたいなんて言えないな』という気持ちでずっと居た」(同)のだと。自分の才能を信じられなかった男は、自分の才能を信じた男を信じた。その自分との距離感を保つことで、道を切り拓いていったのだ。
文=てれびのスキマ
1978年生まれ。テレビっ子。ライター。雑誌やWEBでテレビに関する連載多数。著書に「1989年のテレビっ子」、「タモリ学」など。近著に「全部やれ。日本テレビえげつない勝ち方」
※「みん亭」の“みん”は正しくは王ヘンに民
※『月刊ザテレビジョン』2023年10月号